こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。
あなたがどこにもいない
ジーナがそう言うとハイネは言葉を切り、黙って茶を淹れだした。
その動きにはどこも不審なところは無くカップの中に茶は満たされジーナは手に取る。
「今度は私があなたがちゃんと呑み込むのかを観察させてもらいますね」
「見ても仕方がないと思うのだが」
「ジーナは凝視していたのですから私だってしますよ。はい、呑んでください」
カップに口をつけると熱が来てそれから香りが口の中に入り味に満たされ喉に落ちていく感覚が、意識しながらのためかゆっくりと流れていった。ハイネの視線が喉に突き刺さる。
そんなに見ていて楽しいのか? とまたひとつ不可解さを感じながらジーナは茶を一口飲み終えた。
濃茶であり、何も無い。少なくとも今は。
「じゃあこれでいいですね。本当にあなたったらめんどうな人ですよ。お茶を飲むだけでこんなに時間を取らせるなんて」
自分のコップに茶を注ぎ残った焼き菓子を半分にしハイネをそれをまた食べだした。
「別に悪いことをしたという意識は無い」
「それでいいですよ。あなたってそんな人ですし。ああどうぞ食べたいのなら食べてくださいねその一枚」
いや半分だろうとジーナは思いながらいただくことにした。うまい、とジーナは噛みしめるたびに思った。
「それでお話なのですが聞き取りを行った西方事情があるじゃないですか。あれがすごく上の方で評判でしてね」
来たな西方の話、とジーナは予想通りの流れに身構える。
「事実だとしたら極めて貴重なものであり西方進出の際はこれをもとにするべきだという意見が大半でした。私としては仕事が認められとても喜ばしく、またご協力いただいたジーナには感謝いたします」
頭を下げてきたためにジーナも釣られて頭を垂れる。
やけに、礼儀正しいというか他人行儀だなとここにきてジーナは違和感を抱く、おかしい。いつも通りな不審さ。
「そもそも中央では封禁の地であるともされている砂漠には足を一歩も踏み入れないために、その砂漠に関する資料はおろか知識すらないとしては、何度も砂漠を越えたジーナの聞き取り調査が唯一のものとなりますからね。あなたは謙遜してたいしたことではないと言いますが、いえいえ大したものです。器具の使い方から距離に日数、とあれは一つの偉業であり奇跡であるとも言えましょう」
自分を讃える言葉にジーナはその意図を探る。褒めて調子に乗らせて西方へ行こうとさせる作戦?
馬鹿な。ハイネ、お前はそんなことをするタイプでは無いだろうに、とジーナの思考は乱れだす。
「よってこれを以ってこれを見れば、こう結論付けられます。ジーナあなたを西方進出の際の案内人になって貰いたいと」
予想通りの言葉が来たというのにジーナの緊張は続いている。
これは予測していた言葉以外のなにものでもないはずなのに、それがハイネの口から出るとここまで異常さを感じるとは予想ができなかった。
違う、お前はそういうことを言うために私をここに呼んだのではない、と心の中で唱えるとやや曇っていたハイネの顔に陽が射したように見えた。
「その戸惑いの表情は良いですねぇジーナ。あなたはこう思っていますね。そんなつまらない話をするために呼んだのか、と。当然違いますからご安心を」
笑顔で言うもジーナはどっちみち少しも安心なんてできなかった。どう転んでも不安……ハイネなんだとジーナは思う。
「ではここまでは公式的なものの見方です。上層部及び私という龍の最側近としての見解でもあります」
言葉を切りハイネは茶を一口すする。ジーナも一緒に一口すすった。飲まなければやっていられない。
「それで……ハイネは私に西方に赴いて貰いたいと依頼しに来たんだな」
「そうですね。龍の最側近はそんな依頼をしにあなたをここに呼び出しました」
その最側近はハイネ本人だろ……とジーナは言えなかった。その論理をジーナは突けない。
だからかハイネはツッコミが無いのを不思議がるような眼で見た後、尋ねた。
「まぁそれでそのこの私の感想を言っていいですか? いや、違うか。私の感想を聞いて貰えますか?」
「もう言うことが決定なんだな。わかった、聞くよ」
「ありがとうございます。あの聞き取り調査中は仕事中だったんで個人的な感想は控えていたのですが」
「滅茶苦茶感想を交えて聞き取り調査していたぞ」
「あれぐらいどうってことありません。余計なことは言わないでください。西方の話を聞きながら私はあなたはそういう世界で生きてきたんだと、感動しました。あなたは故郷のお話は全然しませんので私自身もとても興味深かったです」
当然であるがジーナは故郷の深い話はまるでしてはいない。龍に関する諸々は一切話さずにいた。
語るのは主に下山後のアリバ周辺の話であり行商時代に得た西方事情に砂漠越えのことがほとんどであった。
私が育ったのは山奥にある閉鎖的な村で狩りやら農業をしていたがある時に私は山を降り新しい世界に生きることにした……
自分の経歴は、こう語った。簡潔に脚色無しに。だがこれで良いはずである。
聞き取り調査で知りたいのは私の故郷の話なんかではなく、これより開ける西方の街々であり、聞きたいのは砂漠をどうやって越えるか、これだけなのだから……語るべきものなどなにもない。
「アリバさんは素敵なお方ですね」
不意に名が出てジーナは慌てた。慌てる必要もないのだが、気が動転する。
なんだって今日は人の口からあの人の名が連続して上がるのだろう?
「素敵でもあり、また面白い人だったな」
ジーナは残っていた焼き菓子の半分を手に取るとアリバを真似した食べ方をするとハイネが軽く笑った。
「どうしました? まるでリスみたいですね」
「これがアリバだ。人前だと背を向けて見られないように食べる。お菓子をこんな食べ方をする人は世界広しといえどもアリバしかいないからとても分かりやすい。ちなみに食べている最中に話しかけても返事はあまりしてくれないから、話すとしたら食べ終わったあとだな」
ハイネはまだ笑っていた。
「貴重な情報をありがとうございます。そこはユーモアのある部分ですが私が言った素敵とはちょっと方向性が違いますね。私が素敵だと思ったの砂漠越えの件よりもジーナを雇ったという点ですね」
この人はいったい何の話をしたいというのか? 警戒心がもたげてきたがジーナは平静を装う以外の術がなかった。
「今のこの状況をみるだけでアリバさんは当りを引きましたね。ジーナを雇ったのは何よりも正解だったはずです」
「……客観的に見れば確かにな。アリバのボスはさらに西方から来た人だったが、最初に引いたクジで私を引きその後は色々と苦労をしたが、トントン拍子で上に進んでいってそして」
「砂漠を越えた、ということですね。優れた商人は運も良いものですが、それ以上に人を見る眼というものもなければならないと私は思います」
その言葉にはジーナは首を傾げた。あったのか? あの人にそんな眼が。
だってあの頃の私は……呪われた名をつけられそれを受け入れ身を落していた。
間違いなく濁り澱んだ色の瞳しかしていなかったはずであり、人を見る目があれば、そんな男のどこに価値があると見込んだのか? 名前だって不吉だから変えさせられるぐらいのものを……
「でもジーナ。あなたもまた良いクジを引いたと私には思えますよ」
「そこはそうだな。アリバは私に新しい生き方を教えてくれた。一緒に中央の言葉を学んで覚えて砂漠を一緒に越えた……他の人だったらこんなことはしないしできないだろう。そのおかげでこうして東に行き中央に辿り着き、いまここにいるということだからな。彼にはとても感謝をしている」
アリバとは、それだけではないとジーナは心の中で思いながら語った。
彼が有名な商人となったからツィロとの交渉が成立し、自分は再び山に戻りそして……ジーナを継承することができた。
自分が語りは半分でしかなくそれ以上は語ることはできない。
常に自分は半分の自分しか見せることも語ることも出来ず、その話は終わりとなる。
たとえハイネがどう追求してきても、近づこうとも……そこには決して触れさせはしない。
「良い話ですね」
ジーナは自分でも良い締め方をしたと感じていたのでハイネが短く感想を言ったことに安心をした。
「まぁそうだろうな」
「ええ感動的ですよ」
ハイネはなおも返すがジーナはそちらを見ることができない。自分の身体が硬直したようになるのが分かった。
「あなたそういう人なのでしょう」
「そうだろうな」
もう力なく答えるしかなく、それから沈黙が来た
「……」
「……」
これは、溜めだとジーナは判断する。ハイネは力を溜めている。
この私に打ち込むためのなんらかの力を。いったいなにを狙っているのか?
もうこちらからは語ることなどないというのに。このまま会話が打ち切られ立ち上がればいいのに。
立ち上がり別れを告げ龍の元へと歩いて行けたら……それでもう、いいというのに。
こうして危険を犯してでもわざわざ出会い語る、これに何の意味があるというのか?
沈黙という危機を前にして今ここで消え去りたいと思うぐらいの緊張の中、私はハイネに、何を求めているのだろう?
「けど、違う」
ハイネが口を開いた。
「いまの話からあなたには繋がらない」
言葉が触れてきたのをジーナは感じるも、払い除けることができない。
「言っている意味が分からない」
「私はあなたが語った経歴や西方の話をいまここで諳んじることができます。聞き取り調査におけるその全ては記録し記憶しているのです。けれでもこれは龍の側近と上層部にとって価値があろうとも、ここにいるこの私にはあまり価値がありません。何故だか分かりますか?」
分かりすぎるほどに分かってしまうことにジーナは苛立ちすら覚えた。
どうしてこんなときに、共感し理解してしまうのか、分かり合えないようにしてきたのに、決して触れさせないようにしてきたのにどうして……
「だってあなたがどこにもいないのですから」
私と心の中で思う言葉をお前が同じように言うのだ。
「あなたは自分を語っていない」
「語ったじゃないか」
「フフッ、なら、いま、語れますか?」
失笑するハイネに対しジーナは小刻みに震えだした足に力を入れ手でもっと抑えつける。震えよ動揺よ止まれ、と。
「こう言ってみたところであなたが突然語り出すはずはありませんよね。ここで話すのならもうとっくに調査の段階で語り出しますもの。そうあんなにたくさん幾日にもかけて話をしてもらいましたが、語ったそれに私の知るあなたがどこにもいません。これについて説明はできますか?」
舌と首が回らない。心と身体がハイネを拒絶しているのか言葉を発することも右側に振り向くこともできないためにジーナは森を見るしかなかった。
森の中から小鳥の声すら聞こえない。まるで二人きり……こんな恐ろしい二人きりというのはなんだろうとジーナは震えを止めることだけに意識を集中させた。
「自分では説明はできませんよね。だから私が致します。あなたは自分を語れない場所に自らを閉じ込めている。ずっとあなたは封印し、またはされている……私にはそう感じられます」
その動きにはどこも不審なところは無くカップの中に茶は満たされジーナは手に取る。
「今度は私があなたがちゃんと呑み込むのかを観察させてもらいますね」
「見ても仕方がないと思うのだが」
「ジーナは凝視していたのですから私だってしますよ。はい、呑んでください」
カップに口をつけると熱が来てそれから香りが口の中に入り味に満たされ喉に落ちていく感覚が、意識しながらのためかゆっくりと流れていった。ハイネの視線が喉に突き刺さる。
そんなに見ていて楽しいのか? とまたひとつ不可解さを感じながらジーナは茶を一口飲み終えた。
濃茶であり、何も無い。少なくとも今は。
「じゃあこれでいいですね。本当にあなたったらめんどうな人ですよ。お茶を飲むだけでこんなに時間を取らせるなんて」
自分のコップに茶を注ぎ残った焼き菓子を半分にしハイネをそれをまた食べだした。
「別に悪いことをしたという意識は無い」
「それでいいですよ。あなたってそんな人ですし。ああどうぞ食べたいのなら食べてくださいねその一枚」
いや半分だろうとジーナは思いながらいただくことにした。うまい、とジーナは噛みしめるたびに思った。
「それでお話なのですが聞き取りを行った西方事情があるじゃないですか。あれがすごく上の方で評判でしてね」
来たな西方の話、とジーナは予想通りの流れに身構える。
「事実だとしたら極めて貴重なものであり西方進出の際はこれをもとにするべきだという意見が大半でした。私としては仕事が認められとても喜ばしく、またご協力いただいたジーナには感謝いたします」
頭を下げてきたためにジーナも釣られて頭を垂れる。
やけに、礼儀正しいというか他人行儀だなとここにきてジーナは違和感を抱く、おかしい。いつも通りな不審さ。
「そもそも中央では封禁の地であるともされている砂漠には足を一歩も踏み入れないために、その砂漠に関する資料はおろか知識すらないとしては、何度も砂漠を越えたジーナの聞き取り調査が唯一のものとなりますからね。あなたは謙遜してたいしたことではないと言いますが、いえいえ大したものです。器具の使い方から距離に日数、とあれは一つの偉業であり奇跡であるとも言えましょう」
自分を讃える言葉にジーナはその意図を探る。褒めて調子に乗らせて西方へ行こうとさせる作戦?
馬鹿な。ハイネ、お前はそんなことをするタイプでは無いだろうに、とジーナの思考は乱れだす。
「よってこれを以ってこれを見れば、こう結論付けられます。ジーナあなたを西方進出の際の案内人になって貰いたいと」
予想通りの言葉が来たというのにジーナの緊張は続いている。
これは予測していた言葉以外のなにものでもないはずなのに、それがハイネの口から出るとここまで異常さを感じるとは予想ができなかった。
違う、お前はそういうことを言うために私をここに呼んだのではない、と心の中で唱えるとやや曇っていたハイネの顔に陽が射したように見えた。
「その戸惑いの表情は良いですねぇジーナ。あなたはこう思っていますね。そんなつまらない話をするために呼んだのか、と。当然違いますからご安心を」
笑顔で言うもジーナはどっちみち少しも安心なんてできなかった。どう転んでも不安……ハイネなんだとジーナは思う。
「ではここまでは公式的なものの見方です。上層部及び私という龍の最側近としての見解でもあります」
言葉を切りハイネは茶を一口すする。ジーナも一緒に一口すすった。飲まなければやっていられない。
「それで……ハイネは私に西方に赴いて貰いたいと依頼しに来たんだな」
「そうですね。龍の最側近はそんな依頼をしにあなたをここに呼び出しました」
その最側近はハイネ本人だろ……とジーナは言えなかった。その論理をジーナは突けない。
だからかハイネはツッコミが無いのを不思議がるような眼で見た後、尋ねた。
「まぁそれでそのこの私の感想を言っていいですか? いや、違うか。私の感想を聞いて貰えますか?」
「もう言うことが決定なんだな。わかった、聞くよ」
「ありがとうございます。あの聞き取り調査中は仕事中だったんで個人的な感想は控えていたのですが」
「滅茶苦茶感想を交えて聞き取り調査していたぞ」
「あれぐらいどうってことありません。余計なことは言わないでください。西方の話を聞きながら私はあなたはそういう世界で生きてきたんだと、感動しました。あなたは故郷のお話は全然しませんので私自身もとても興味深かったです」
当然であるがジーナは故郷の深い話はまるでしてはいない。龍に関する諸々は一切話さずにいた。
語るのは主に下山後のアリバ周辺の話であり行商時代に得た西方事情に砂漠越えのことがほとんどであった。
私が育ったのは山奥にある閉鎖的な村で狩りやら農業をしていたがある時に私は山を降り新しい世界に生きることにした……
自分の経歴は、こう語った。簡潔に脚色無しに。だがこれで良いはずである。
聞き取り調査で知りたいのは私の故郷の話なんかではなく、これより開ける西方の街々であり、聞きたいのは砂漠をどうやって越えるか、これだけなのだから……語るべきものなどなにもない。
「アリバさんは素敵なお方ですね」
不意に名が出てジーナは慌てた。慌てる必要もないのだが、気が動転する。
なんだって今日は人の口からあの人の名が連続して上がるのだろう?
「素敵でもあり、また面白い人だったな」
ジーナは残っていた焼き菓子の半分を手に取るとアリバを真似した食べ方をするとハイネが軽く笑った。
「どうしました? まるでリスみたいですね」
「これがアリバだ。人前だと背を向けて見られないように食べる。お菓子をこんな食べ方をする人は世界広しといえどもアリバしかいないからとても分かりやすい。ちなみに食べている最中に話しかけても返事はあまりしてくれないから、話すとしたら食べ終わったあとだな」
ハイネはまだ笑っていた。
「貴重な情報をありがとうございます。そこはユーモアのある部分ですが私が言った素敵とはちょっと方向性が違いますね。私が素敵だと思ったの砂漠越えの件よりもジーナを雇ったという点ですね」
この人はいったい何の話をしたいというのか? 警戒心がもたげてきたがジーナは平静を装う以外の術がなかった。
「今のこの状況をみるだけでアリバさんは当りを引きましたね。ジーナを雇ったのは何よりも正解だったはずです」
「……客観的に見れば確かにな。アリバのボスはさらに西方から来た人だったが、最初に引いたクジで私を引きその後は色々と苦労をしたが、トントン拍子で上に進んでいってそして」
「砂漠を越えた、ということですね。優れた商人は運も良いものですが、それ以上に人を見る眼というものもなければならないと私は思います」
その言葉にはジーナは首を傾げた。あったのか? あの人にそんな眼が。
だってあの頃の私は……呪われた名をつけられそれを受け入れ身を落していた。
間違いなく濁り澱んだ色の瞳しかしていなかったはずであり、人を見る目があれば、そんな男のどこに価値があると見込んだのか? 名前だって不吉だから変えさせられるぐらいのものを……
「でもジーナ。あなたもまた良いクジを引いたと私には思えますよ」
「そこはそうだな。アリバは私に新しい生き方を教えてくれた。一緒に中央の言葉を学んで覚えて砂漠を一緒に越えた……他の人だったらこんなことはしないしできないだろう。そのおかげでこうして東に行き中央に辿り着き、いまここにいるということだからな。彼にはとても感謝をしている」
アリバとは、それだけではないとジーナは心の中で思いながら語った。
彼が有名な商人となったからツィロとの交渉が成立し、自分は再び山に戻りそして……ジーナを継承することができた。
自分が語りは半分でしかなくそれ以上は語ることはできない。
常に自分は半分の自分しか見せることも語ることも出来ず、その話は終わりとなる。
たとえハイネがどう追求してきても、近づこうとも……そこには決して触れさせはしない。
「良い話ですね」
ジーナは自分でも良い締め方をしたと感じていたのでハイネが短く感想を言ったことに安心をした。
「まぁそうだろうな」
「ええ感動的ですよ」
ハイネはなおも返すがジーナはそちらを見ることができない。自分の身体が硬直したようになるのが分かった。
「あなたそういう人なのでしょう」
「そうだろうな」
もう力なく答えるしかなく、それから沈黙が来た
「……」
「……」
これは、溜めだとジーナは判断する。ハイネは力を溜めている。
この私に打ち込むためのなんらかの力を。いったいなにを狙っているのか?
もうこちらからは語ることなどないというのに。このまま会話が打ち切られ立ち上がればいいのに。
立ち上がり別れを告げ龍の元へと歩いて行けたら……それでもう、いいというのに。
こうして危険を犯してでもわざわざ出会い語る、これに何の意味があるというのか?
沈黙という危機を前にして今ここで消え去りたいと思うぐらいの緊張の中、私はハイネに、何を求めているのだろう?
「けど、違う」
ハイネが口を開いた。
「いまの話からあなたには繋がらない」
言葉が触れてきたのをジーナは感じるも、払い除けることができない。
「言っている意味が分からない」
「私はあなたが語った経歴や西方の話をいまここで諳んじることができます。聞き取り調査におけるその全ては記録し記憶しているのです。けれでもこれは龍の側近と上層部にとって価値があろうとも、ここにいるこの私にはあまり価値がありません。何故だか分かりますか?」
分かりすぎるほどに分かってしまうことにジーナは苛立ちすら覚えた。
どうしてこんなときに、共感し理解してしまうのか、分かり合えないようにしてきたのに、決して触れさせないようにしてきたのにどうして……
「だってあなたがどこにもいないのですから」
私と心の中で思う言葉をお前が同じように言うのだ。
「あなたは自分を語っていない」
「語ったじゃないか」
「フフッ、なら、いま、語れますか?」
失笑するハイネに対しジーナは小刻みに震えだした足に力を入れ手でもっと抑えつける。震えよ動揺よ止まれ、と。
「こう言ってみたところであなたが突然語り出すはずはありませんよね。ここで話すのならもうとっくに調査の段階で語り出しますもの。そうあんなにたくさん幾日にもかけて話をしてもらいましたが、語ったそれに私の知るあなたがどこにもいません。これについて説明はできますか?」
舌と首が回らない。心と身体がハイネを拒絶しているのか言葉を発することも右側に振り向くこともできないためにジーナは森を見るしかなかった。
森の中から小鳥の声すら聞こえない。まるで二人きり……こんな恐ろしい二人きりというのはなんだろうとジーナは震えを止めることだけに意識を集中させた。
「自分では説明はできませんよね。だから私が致します。あなたは自分を語れない場所に自らを閉じ込めている。ずっとあなたは封印し、またはされている……私にはそう感じられます」