こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

本当に?

 シオンの言葉にハイネは顔をあげた。

「あの捨て身の決心は彼を逮捕もとい救出しようとしたことは疑いようもありません。あのようなことをしたのはあなたにとって人生で初めてだったでしょう。本当の愛がなければそのようなことはできない……ですが」

 シオンは掴んでいる右手を両手で握り合わせ引き寄せるとハイネはつられてこちらに近づけさせた。

 聞き寄せ、共感させ、判断させる……あと一手加えたらどん底から少し浮かび上がらせられる、とシオンは自らへ気合いを入れ、静かに語る。

「ジーナとは違うのです、だから交わらない」

「……彼にも同じことを言われました。違う、と」

 ハイネの口が開きシオンはよし捕らえたと思いつつ抱きしめる。

「なんと同意見でしたか、珍しい。彼とはいつも意見が喰い違っていたというのに」

 腕の中でシオンは震えを感じ取る。いまだけは彼の代弁をせねばならない。

 そう同意見なのだ。意思は一致している。そのジーナとハイネは離れなければならないことに関して。

 だけどそれは何のために? とはシオンは考えることはなかった。

 そうしなければならないのだから。そうでなければならないのだから。

「彼が歩み寄らないというのは私が思うに、あなたへの嫌悪からではなく逆の感情を以ってのことであり、それがあなたにとって最善だと判断し理解しているのでしょう」

「そんなのが最善であるというのなら私はそんなものはいらないです」

「あなたのことを考えず自分の為だけを考え、あなたを苦しめて不幸にする。彼はそういう人ではありません」

「私はいま、不幸で苦しいのです」

「いまだけですよ。いまが一番苦しいはずです」

「違います……ずっとですずっと……扉を開けた時から……ずっと」

 扉とは? とシオンは疑問に思うも何も聞かず尋ねず反論せず、言葉と感情を受け止めた。苦しみの吐露こそ、癒しになるだろうと。

「なんでジーナはこんなに面倒なことをするのでしょうか……私はなにも難しいことを言っているつもりはないのに……ごく簡単なことだけをもとめているのに……」

 いやいやそうじゃないでしょう、とシオンは言葉半分ではあるも理解しそう思うも、これも聞かないふりをした。

 こんな感情を正面からぶつけられるジーナに対してほんの少し同情心が生まれるも、でもあなたが手を出したせいだから自業自得と脳内裁判を開いて判決を出し決着させた。

「でもハイネ。彼がもっと分かりやすくて単純であったのなら、あなたはそういうジーナをこんなにも思わず追いかけたりなんてしませんよね」

「……」

 あなたは自分の感情に恋しているのでは? と聞こえてしまったかなとシオンは口が滑ったかと沈黙を抱えながら緊張していると、腕の中から笑い声が鳴った。

「ふふっそうですね。そうかもしれません、はい。あぁ想像するとまずいですね。もしもここで突然彼が地面から躍り出て俺が悪かったお前の言うことを全部聞くよ愛しのハイネ! とか頭を下げられたら嬉しいですけど、なんか違う! とか言ってしまいそう」

「なんとも面倒ですね」

「だからそれは私の台詞ですってば」

 シオンは腕を解くとハイネが顔を出して言った。普段の、いや少し前までの穏やか、ではなくちょっと不穏さのあるハイネの表情がそこにあった。

「でも、そんなことには絶対にならないという信頼感はありますね」

「妙な信頼もあったもので。あなたに関しては相手探しは自由にではなく初めに決まっていたら、とは思うこともありますね」

「姉様には分からない苦悩ですよ」

「憎まれ口を叩いてからに。まっそれはそれで考えることもありますが、そっちの苦悩は分からなくて良かったですよ。ヘイム様だってそうであるしあなただってそう。自由であってもすんなりと行くとも限りませんですしね」

 シオンがこう答えるとハイネの表情が急に曇った。

「……私は、あの人とは違いますよ」

 あの人? とシオンは突然異様な欠落感に襲われた。

「龍身様は恋愛をしてはならないのですから、私とは違います。私などと同じであってはならず、まるで違うのです。違う、はずです」

 シオンは何かが失われたという喪失感は確かにあるというのにそれが何であるのか、分からない。

 さっきまで自分は誰の話をしていたのか認識が覚束なくなった。

 龍身様の、なのか? とてもそうであるとは思えない。いまさっきハイネが言ったあの人とは誰なのか……

 自分は知っているはずなのに……

「……仕事に戻りましょうハイネ」

 考えることをやめ現実に逃げ出したシオンはそう言うとハイネも頷き、階段を降る足の速さをあげる。

「まず事実確認から致しましょう。龍の祭壇までの道は一つであり、それがいま私達が降りているこの階段です。ルーゲン師の悲観的な予想と心配が外れていればジーナはこの階段を登って来ます」

「警備は十二分に配置する予定ですよね。現に門は近衛兵で固めておりますし、この時点で既に鉄壁でしょう」

「けれども彼のことですから突破する可能性があり、そこからが私とあなたたちの出番となります」

 龍身から帯刀が許可されているハイネの腰の剣の音が鳴った。

 ハイネはジーナの剣の鞘に手を掛けると共鳴しているような音が響いたように聞こえた。

「龍身様は約束してくださいました。祭壇に入らなければ罰せない、と」

「けれども、あなたが取り逃がし祭壇の広場まで来ましたら私には許可が下りております。ここから先はあなたの管轄外であり私が決定する場となります。そうなった場合は諦めなさい、いいですね」

 シオンは腰に掛けている剣を鳴らすと自分でも驚くぐらいに音が高く鳴った。

 容赦のない音色のようになにかを求める獣の遠吠えのように、鳴る。

「……もとよりこの私めに異存があるはずがありません」

「そうならないよう努力いたしましょう。とりえず表を固くし、裏口は捜索によって発見し、または裏口というものはないことも発見し、その両方を潰し万全とする、これですね。打ち合わせ通りにハイネは主に休息所の内部と周辺の調査と警備を。私は主に追跡を担当致します」

 はい、とハイネの悲壮的な覚悟すらも伺わせる返事に対してシオンは打ち消すためか明るく返した。

「なに大丈夫ですってば。上手くいきますよ。捜索と追跡によってジーナは封印の森の中で拘禁され儀式は問題なく進行し、龍が誕生する。これは楽観的ではなくかなり現実的な想像ですよ。そしてジーナは処分は下されるが、命や自由に関わるものではありません。西への追放か、あるいは故郷に帰るか、こうなりましょう」

 そう言うとハイネの瞳に光が宿ったのを見てシオンはその眼に釘を刺した。

「あなたはついて行ってはいけませんよ」

「それなら予め私が西の地に赴任しているということにすればついて行っていることになりませんよね」

「これはそんなトンチ話ではありません」

 シオンが苦笑いするとハイネも同じく笑い、階段を降りだした。

「まずは難しく考えず単純に行きましょう。私達の為すべき最後の使命とは、ジーナを止め龍をこの世に誕生させる。これです、この一事のみが全てです。これで龍身様の言われたようにこの長かった戦争は終わります。ですからこれを成し遂げること、それが世界の為であり、私達の為でもあるのですからね」

 ―本当に?―

 声が聞こえ、シオンは階段で立ち止まった。

 立ち竦む、その声によって。左右に首を振るが誰もいるはずもなく上を見ても空の青だけが目に入ってくるだけ。

 だからシオンは下を見てハイネに向かって聞く、可能性を信じていないというのに。

「いま何か言いましたか?」

「えっ? いいえ、なにも。なにか聞こえましたか?」

 やはり、そうか。

「……ああ、いえ、気のせいか、風の音ですかね」

 早口でそう言い足早に駆け、ハイネの隣に追いつき会話を始めるもあの声は消えず、残響となって耳奥で、鳴る。

 ―本当に?―

 この声はシオンは知っている気がした。だからハイネに誤魔化した。

 誰の、声なのだろうか? 女の、女の子の声。知ってはいる、だが思い出せない。

 やがて残響も消え出し、遠くに遠くへ言ってしまう時になってはじめてシオンは心の中で問うた。

 ……あなたは誰ですか? と。だが返事はなく声は彼方へと消え、それから思い出せなくなった。
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