こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

シオンとハイネと

 シオンは目を見開き無表情なハイネに先ずは答えた。

「あなたはきっとヘイムのことを忘れていないというある意味での信頼感がありますからね。むしろ忘れたいと思っているあなたが覚えているだなんて皮肉な話ですけれど。まぁ今の反応であなたは完全に覚えているのが分かりました。だからもう一度聞きますね。ヘイムはいまもなお龍身様の中に残っていますか?」

 ようやくハイネは瞬きをし動き出す。シオンはその心を想像したくはないが、してしまう。

 私が今までずっと避けていたそれを。ずっとそれを考えずにいたこと。

 二人は仲が悪いということは無かった。話もするし笑い合ったりもする。

 だけども、心を通わせるということはない。二人の間にはなんだか一枚の板がずっとあった。

 ヘイムの側からハイネの方に、その逆にハイネの方からヘイムの方に。一枚ずつの二枚による、壁。

 それは完成された関係のようでもあった。どうしてそうなったのかは不明だ。

 二人の間で何かがあったということはあまりないだろうし、それが決定的な要因ではない。

 そうであるからこそ、ことは深刻どころか解決が不能なことであるのだろう。

 はじめからそうなる関係であり、互いの同意を無言でなされてしまっている。

 この子はきっと……とシオンは胸に違う痛みを覚えながら思う。

 ハイネはきっとヘイムはこのまま消えればいいと願っていたのだろう。

 そうであるのに何故か記憶が消えずに残され、そのうえで自分にその生存を話さなければならないなんて。

 哀れだな、とシオンは憐れみで以って抱きしめたい衝動を抑えながらハイネの返事を待った。

 語らなければ口を開かず体も動かさず、待った。

 それはまるで罰のようであり、裁きの時であるように。そして口が開き悲痛が鳴った。

「……いますよ。いまも龍身様の中にはあの人は、います。けれども私は呼びませんし呼べませんよ。あの御方は私に会いたくもないでしょうし」

「ヘイムのせいにだけにしないで。あなただって会いたくないからでしょ?」

 指摘にハイネは驚くと下唇を噛み視線を落した。

「……そうですよ。はい、そうですとも。姉様の言う通りです」

「安心してください。ヘイムもあなたのことを嫌がっていましたから」

「知っています……出会った頃からそうでしたらから、あちらもずっとそうでしたでしょうね。それなのに三人組になってしまって……だから私は思うのです。姉様が真ん中にいないと、この関係は成立せず駄目だったって」

「私は二人がいないと駄目なのですよ。ヘイムもいて欲しいしハイネだっていて欲しい。どちらが欠けても、どこかしっくりとこない。あなたにはそれが、わかるでしょう?」

「分かります……けれども姉様……それはもう叶わぬことでこれ以上それは続きません。いいえ違う。もう終わったのです、もうはっきりと言います。どうして思い出したのです? 思い出さなくて良かったのに。龍身様に仕える龍の騎士として姉様は完璧でした。一切の半端な動きもなく迷いもなく、あなたは紛うことなく龍の騎士であったのに。あの人が、ヘイム様がいるという時のあの捨てきれない人情というものが邪魔なのですよ。いったい何があったのです? まぁジーナでしょうね……彼が余計なことを姉様に吹き込んで、それで思い出してしまってこんなことを言い出して……あなたはなにをなさるつもりですか、もしかして」

「落ち着いてハイネ。私は龍をどうこうするということなど考えていません。そもそも龍は私などの意など構わずに誕生します。私も龍が誕生することを望んでおり、阻止しようなどとは考えもしていません。ただですね、ただ、私はヘイムに会いたいだけ……ふふふっどうしてジーナと同じ口上になるのでしょうね。敵対、しているというのに。ついでにいいますがこのことはジーナと会った際に説得されたとかされたわけでは無いですよ。彼とは会話などしていません。一方的にわめき出して私も一方的にわめき返しただけですから。その仕返しが大規模捜索指示です」

 ハイネは笑った。

「なんだか……その様子がありありと思い浮かびます。姉様とジーナはずっとそんな感じの関係でしたね。私たち三人がいましたらジーナは姉様の隣にいるのがもっとも相応しいポジションでして」

「そうでしょうね。ハイネ、あなたは私がヘイムのことを気にして龍身様に会いに行くことはもう無駄なことだとだからやめてほしいようですが、ここで諦めることは私には、あまり私らしく感じられないのですよ。あなたがジーナを想う心のようにね」

 ハイネの眼がこちらに集中し眼で頷くのをシオンは確認する。だから次の言葉は必要がないのだが、シオンは敢えて言った。

「いくら私があなたのことを反対しようが、あなたはその意に反することに似ています。では私は行きます。ハイネ、最後の日を全う致しましょう」

「はい、姉様」
「愛していますよ」

 シオンがそう言うとハイネの頬が薄く染まる。乾いた地に水が落ちたようにその言葉は瞬時に吸い込まれていった。

 不意討の一言がその心を乱暴に掴むがそこに抵抗感や嫌悪よりも、歓びの熱をシオンは感じ思う。ジーナはなんて悪い男なんだろう。

「私も愛しております姉様」

 舌がもつれたのか軽く噛むがシオンはそこに快感を覚えながら微笑み階段を昇ることにした。

 その見送る視線を背中に受けつつシオンは分かりつつあった。

 明日、ハイネは私の前に姿を現さないだろうとシオンは確信めいた予感がしていることを。

 もしも扉を見つけていたとしたらそこに潜入しジーナと相対峙する。

 それによってあの子は……どうなってしまうのか? シオンの想像力はそこまで深みには進んでいかなかった。

 ジーナを説得する? 説き伏せて納得させる……そんなに素直な男か? じゃあ逆にジーナとハイネが戦う? これも想像できない。

 想像を超えた形でのものになるが……ならばハイネはジーナに道を譲り、ヘイムのところに行かせる……有り得ない、これはあるはずがない。

 では、この他に何があるというのか?

 それは自分には関係のないとシオンは頭を振る。ハイネが決めることだ。

 結局のところ通そうが阻止しようが斬ろうが逆に斬られようが、その全てをハイネは望んでいるのだろう。

 延々と答えを出さなかった男の答えを待つ女。ひとえにあなたは男の真実の言葉を聞きたがっていた。

 何と言うのだろうか? それはハイネしか聞かない言葉だろう。

 それだけを求めてあなたは……思考の途中で頬に冷たい風が当たり出した。

 いつの間にか階段を昇り切り、その広場には風が吹いていた。

 風の音のみが聞こえ、偉大なるこの風景がどこか寂寥感ある廃墟じみて見える。

 それは偉大なる儀式に相応しからぬ感想であり、侮辱ですらあった。

 けれどもそう思う他なくシオンはしばし呆然とその寂しさに囚われてしまった。

 人がいないからか? 違う。曇り空だからか? 違う。風が、自分が、気分が……違う違う違う違う。

 根本的に、おかしいのだ。何かが間違えている。

 だからそう感じてしまい……シオンは祭壇所の扉に目をやると誰かが出てきた。

 遠目では人の形が動いている。

 誰かは分からないがあれはヘイムではないとシオンはすぐに分かった。

 それだけは分かった。どれだけ離れていても、それは分かる。

 それがこちらに向かってくる。だからシオンは駆けるよりも遅く、歩くよりも速く前に進んだ。

 近づいてくるそれは、龍であり、龍身であることは分かっている。

 それは一人で歩きたがる。どれだけ遅くても、一人で前に行きたがる。

 あの子にはない歩き方、あの子にはない揺れ方、あの子にはない速さ、私のよく知らない人。

 私はそれをヘイムと呼ばなくてはならない、とシオンは何度もそのことを繰り返し心の中で呟くも苦汁が胸から込み上げてくる。

 血ではない、違うもの。いや、これは腐敗した血なのでは?

 もはや痛みだけではなく、拒絶反応を起こす全てなにかが総動員してきて私を止めようというのか?

 喉の奥から嗅いだこともない臭いが、自分の体内にあるとは信じられない腐臭が口から鼻に、脳まで犯してくるのを感じ、シオンはその場で立ち尽くし、それが近づいてくるのを眺めていた。

 それから跪き、少しの時が経つと頭上から声が聞こえた。シオンの知らない声が、聞こえる。

「龍の騎士よ。どのような用で参ったのだ?」

「はい龍身様」

 名を唱えると腐臭は完全に消え去りそれどころか花の香りまでしてきて、シオンは痺れゆく恍惚感のなか言葉を発する。

「地下迷宮に龍を討つものが入った模様です。龍の城から入れる地下迷宮への入口の扉の解放と捜査のご許可をいただきたくここに参りました」

「よし、許可する。入ったことは予想通りとはいえ愚かなことだな。森全体にも兵を配置し挟み撃ちという形で奴を捕えるのだ」

 龍身の声を聞きながらシオンは激しく動揺する。龍を討つものとは、誰だ? 何故ジーナをそのような名に言い換えた?

 私自身そのように認識していないというのに。なによりも龍身がいまの言を完全に理解し受け取めたということは、なんだ?

 龍身にとっていまのような言葉はお馴染みだというのか?

 偽龍を討伐する際に使われたこの龍を討つものという呼称を、私は口にしたことは無かった。

 あまりにも恐ろしいその名の響き。それがいま、ジーナに対して、使ってしまった……しかも龍身が認めた。

 龍を討つもの……そうなのか? あれは、そういう存在なのか?

「そうであるぞ龍の騎士よ」

 心の会話に参加してきたかのような龍身の言葉にシオンは驚き顔を上げるをそこには笑顔があった。シオンの知らないタイプのその笑顔。

 見たこともないほどの晴れ晴れしさ故に歪んでいるとしか感じられない満面の喜びがそこにあった。

「お前がその名で呼んでくれたことがとても……ありがたい。ついに認めてくれたようだな。そうなのだ龍の騎士よ。第二隊隊長であり、龍の護衛であり、ジーナという名で呼ばれていたあのものは龍を討つものなのだ」

 とっておきの秘密を打ち明ける快楽に酔うように龍身は語り出しシオンは混乱するも、だがそれでもシオンには反発する何かがあった。

 彼は本当にそういう存在であるのか?

「あれはな、龍を討つためにここに来たのだ。つまり妾を討つために追跡し西から遥々ここまで来たということなのだぞ」

「龍を討つために? それが真実であるというのなら、どうして今なのでしょうか? いままで……」

 そう、今まで多くの時間を過ごしてきたと膨大な記憶の波がシオンの脳内を覆っていく。

 彼はいた、いつも龍身の傍に……いや、彼は龍身の傍にはいようとしなかった……だから絶対に右側に座り、絶対に右手だけを手に取った。

 それは誰の手だ? 彼を見つめるその右目は、誰の瞳だ? また、痛みが来るとシオンは感じだした。

 これは龍の力に抗うための痛みと血。胸の奥にある傷痕。そう、ジーナを以てして思い出そうとシオンは爪でむしりだす。

 龍身の左側にいるのがルーゲンだとしてその右側に立つのがジーナである。

 ジーナと同様にルーゲンは決して龍身の右側には立たない、その手を取らない。

 鏡のように二人は反対だ……その意味するものは……わからない。

「いままで妾に手を出さなかったのは龍となる時を待っておった、そういうことだ。この身体と龍が一致する時を狙い続けていた。奴がこれまで戦い続けてきたのはひとえにこの時の為であり、決して龍の為ではない。己の使命を果たすためだけにだ」

 本当にそうなのか? とシオンは龍身の言葉に首を振りたくなった。彼は常々言っていた。私は自分のためだけにしか戦っていないと。

 だがそれを信じているのは本人だけで隊員達は照れ隠しだとずっと受け止めており、私もそうだとしか考えられなかった。

 隊員たちはジーナは龍の為に戦っていると信じているが、龍身が言うように龍の為には戦っていない……これは真実だろう。

 では誰のために? 自分の為だけに戦っていないことだけは分かる。だがそのもう一つが、掴めない。

「龍の騎士よ。これより先の儀式の終盤に龍を討つものが現れたのなら奴をここで、討て。そのためにお前が存在するのだ。お前らは互いに対となる存在、護るものと、討つもの。龍を討つものを返り討ちにし、龍の婿を祭壇所に通せ。それがお前の聖なる使命であるぞ」

「かしこまりました龍身様……」

 命じられ無思考状態となりシオンは立ち上がりヘイムを見下ろした。

 見慣れぬその顔、感慨の湧かぬその龍身の顔。これからずっと見続けるそれ。

「変わらず我が使命を果たします。私はあなたを護り、あなたのために戦い続けてきました」

「そうだ。お前は妾のために命を賭け続けてくれた。忘れはしておらぬぞ、あのソグへの撤退作戦におけるお前のあの雄姿を、勇気を」

 あの時の私は……もう髪が無かった、と思いながらシオンは自分の肩を払う。指先は空を切り何も引っ掛らない。

 あれ……どうして私は髪を切ったのだろう? 切り続けているのだろう……シオンがそれを思うと花薫る脳内に血を臭いが広がった。
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