こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

この闇と世界の中心

 前に向かっているのか左か右かはたまた後ろか……ジーナは自分がどこに向かっているのか分からぬまま歩くこの闇のなか。

 久しぶりだというのに二人で歩く足取りにはなんの狂いもなく進んだらすぐにひとつとなる。

 違いは自分が後ろでヘイムが前であること。

 それのおかげでジーナは自分がいまいる場所が分かった。

 ヘイムの後ろ、より正確には右後ろであり、それだけは疑いようもない闇の中の真実であり光であった。

「ほれもう階段につくが、見えるか?」

 相変わらず見えない。けれども、なにも困ったことは無いとジーナには思えた。

「全然。どうやら中心に近づいているようだが、私には何も感じないな」

「本当に全く駄目だな。いいかジーナよく聞くのだぞ。妾らはいまな、祭壇の中央のみならず世界の中心の中心におるのだ。そしてそこへこれから上ろうとしておるのだが、いいな?」

 もう一度念押しをされた。いいな、と。その声は軽く明るいものであったが、ジーナはヘイムの表情を見る。

 想像と心の眼で見る。緊張し美しく強張っている表情がそこにあるのだろう。手も熱が下がり微かに震えている。

 行かないといったらどうなるのか? ヘイムは一人で行くだろう。この階段を一人で無理矢理に上り、遠くへ行く。

 自分はその後姿を眺める、いや闇のせいで眺められないから想像の中で見る。そしてそれから更に深い闇がきて……

「ヘイムが行かなくても私一人だけだとしても行く」

 嘲笑うような声が、来た。ジーナはその響きを聞くとヘイムをどうしてか抱きしめたくなった。

「一人? 何も見えん癖に見栄を張るんでない。手すりが見えるか? 手すりが。妾のために特別仕様になっておるのだぞ」

「そちらも私がいないと階段を上れないのですからお互い様ですよ」

「だからぁ、妾はそなたが上手だったら問題ないのだと言っておるだろうに。どうしても理解したがらないのは度し難くあり救い難くもあるぞ。もういい、上るぞ」

 しかしヘイムは手を引かない。だからジーナは一歩前に出て横に立つ。

 平衡、とジーナは思う。どちらにも偏らず力はつり合い、ひとつとなっていると。いまは、そう。

 だがその平衡はすぐに崩れる。ヘイムが半歩進む。

「妾が少し先に出る。ほんの少しだけな。そうしたらそなたも足をあげ、上れ。一段ずつだ。のぉ、見えぬのは怖いか?」

 なんて楽しそうな声を出すのだろうとジーナは呆れる。

「ですからヘイムがいれば怖くないと言ったはずです」

 答えるとまた隣から無が来た、しばらくの無言。

 手だけ置いてどこかに行ったのか? 一瞬ジーナは馬鹿なことを考えるも、またそういうことだと理解した。

 こちらの眼が見えないのをいいことに、遊んでいる。まるで悪戯のように……復讐のように。

「ヘイム。それはつまりあなたがいなくなった振りをすれば私が怖がるということですか? 悲鳴を上げて泣いたりしたら出てくるというのなら、そうしてもいいですが」

「妾は、どこにもおらぬぞ」

 さっきと変わらぬ位置から声がした。

「いるじゃあないですか」

「声が聞こえるだけでは存在を意味せぬぞ」

「こっちが見えないからって意味不明なことを……そんな哲学的なことをいっても私には理解できませんよ」

「妾の存在を証明してみせよ」

 闇の中から棒読みの言葉が飛んできた。

「だからそんな難しいことを言っても私には答えようがありません。あなたの証明? その声にこの手と私の記憶がそうですよ。私を困惑させるあなたの声、熱と形に反応のあるこの手があり、そして私があなたのことを記憶している。これが今ある私にとってのあなたの全てで、十分すぎるほどの証明ですよ。これならたとえ」

 たとえ、と言った途端に言葉が詰まった。ヘイムの手が強く握り返されていたからである。

 これは何の返事だろうとジーナは考えた。

 考えた、分からない。分かるはずがないだからそのままにした。私は言葉を返せばいいだけだと。

「たとえ、世界が闇であってもあなたは私の隣にいます」

 そう、いまのように。だが闇は、何も返さない何も示さない。けれどもジーナは隣にヘイムがいるとは感じている。

 それで私は、十分であるな、と思った。

「どうです?」

「そなたらしい果てしないほどの自分中心さであるな」

「私の世界はいま闇ですからね。自己を中心としなければどこにも行けないのです」

「元々であるだろうに闇のせいにするでない」

「いえいえ。闇があるからこそ、よりそのことに理解を深めているのですよ」

「そなたのその頭に理解を深めるほどの奥深さがあるとは思えぬがな。平べったい皿ほどの頭の容量しかない癖に。まっ良かったな目が見えなくなって」

「ええ。あなたがいるうちは良いと言えますね」

「ほぉー」

 そうしたらまたヘイムは黙った。今日はやけに意味深さを出してくるが、新しい遊び方かなとジーナが思い一緒に黙っていると、今度はヘイムの方が先に口を開いた。

「妾は突然いなくなってしまうかもしれんぞ」

「はぁ」

 また変なことを……とジーナは生返事をした。有り得ないことをよくもまぁ言うものだと。

「そなたは無いと思い込んでいるようだが、あるかもしれんぞ、そう考えよ。そうなったらそなたは大変なことになるのぉ。想像せよ」

 想像といったところで、いまのように会話をし手が繋がっているという状況で、どうやって考えたらいいのかジーナの頭では無理であった。

「闇のなか、一人になったらどうする? うん? どうするのだ、えっ? おい?」

「そういう有り得ない仮定を出されても私は分からないですよ。だっていまこうして私は掴んでいますからそんなことはないです。私は離しませんよ」

「ハッ、妾が離したとしたらどうなのだ? そなたの意思など関係なく、離れていなくなれるぞ」

「ですからいまこの掴んでいる状況ではあなたから離そうたってそうはいきませんってば」

「また頭が悪くなっとる。仮定と実際を切り離せるほど賢くないのが致命的であるし、誘拐犯じみた問題発言の連発であるな」

「いま私が離さない限り。そういうことは有り得ません」

「だが逆もあるぞ。そなたが妾から手を離したがっても、こちらが離さない限りは逃げ出せないとな」

「私がなぜヘイムから離れるのです? それこそありえないことで」

「もうよいもうよい。こんな下らぬ問答はキリがない。そなたが階段を上るのが怖がるからこんな変な会話をしてしまったのぉ」

「怖がっていません。それはヘイムの方ではありませんか?」

「馬鹿を申せ。一人で行けたぞ」

「一人で行けなかったから上らずにいたのでは?」

「分かったようなことを言うな。上ろうとしたらそなたが来たのだ。声をかけたのはそなただろうに、忘れたというのか?」

 忘れた? その声の響きが癇に触れたのかジーナは怒りが湧いた。そんなことあるわけないだろ、さっきからずっとこの人は。

「いいえ忘れません。あなたとのことは……何ごともよく覚えています。刻まれた傷のように。そこを感じればすぐに思い出せますよ」

 そうだ、自分はよくも色々なことを覚えているとジーナは我ながら感心する。

 出会った時から今に至るまで、その闇のなかであってもヘイムの表情の変化を思い出すことも。

 それだけ見てきたことを、見つめ続けてきたことを。

「嫌な言い方をしおって……」

 ヘイムが動きつつあることをジーナは感じる。力が前に、上に向かって行くのが掌に伝わってくる。

 ジーナもその流れに従い足をあげる。その一致とは言えないも限りなく近い一致であるとジーナには感じられた。

 足は確かに何かを踏んだ。闇の中で実感がわかない感覚にジーナはここに地があり、上に天があることを実感しだした。

 そして隣にはヘイムがいる。すると思う。ここが世界なのでは、と。確かにいつも世界にいるにはいるだろう。だけどもそれを意識することはほぼない。

 この限られた小さな空間が世界の縮小だとしたら……闇に覆われ世界がなにも見えないとしてもこうして誰かが隣にいて共に歩けるとしたらそれは……

「なんだ一段目で体力と気力が萎えてしまったのか? なんとも情けない。いまならまだ一人で帰れるぞ。ほれ一段下がって帰るがいい。妾はこのまま一人で行くからな」

 ヘイムの悪罵にジーナは二段目に足を乗せることで答えると、ヘイムも同じく二段目に乗る。階段はまだ、続く。

 一段二段三段と上るにつれてジーナは思う。自分は本当に中心に向かっているのか?

 闇のなか何も見えず先も見えず後ろも見えず、その無限の闇のなか。

「私達は中心に向かっているのですか?」

「そうだといったろうに。この世界には中心の中心があるのだぞ。中央という都市の中心の、そのまた中心の城の中心である龍座の、更に中心が龍の祭壇の頂上になる。妾らはいまそれを目指して上っているのだ。この妾らのすべての目的はそこに辿り着くことであった、違うか?」

「違わない。だがそれとは違う感覚がある。いくら歩いたって中心に向かっているようには思えない」

 隣から鼻で笑う声が聞こえる。

「愚論に付き合ってやるが、では中心はどこにあるというのだ?」

「ここだとしたら、どうです」

 ジーナはヘイムの右目の方向を見つめる。見えなくてもイメージの中で以って見つめる。

 大きく見開かれその瞳は自分だけを見ているだろう。そうであるはずだとジーナは思う。

 それ以外のイメージは浮かぶはずもないのだと。

「私とあなたのここがそうであるというのは、どうですか?」
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