こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

果てへ果てに

 ヘイムは失笑する。

「驚くほど自分中心すぎるな。そなたはあれであろう、太陽はいつも自分だけを追いかけてきていると思い込んでいるはずだな。夕暮れ時の夕陽からずっと離れようとして駆けても駆けても追いかけて来るから、そこでそういう妄想や自意識過剰及び自己中心的な思考が芽生えたに相違ないであろう」

 夕陽が、追いかけて来る……ジーナはあの日のあの時の夕陽を思い出す。

 ヘイムの言うことは間違えている。あの夕陽は確実に私だけを追いかけてきていつも自分を照らしている。

 罪のように裁きのように刻印のように、そこから一歩も動けなくさせているように。

 目を覚ますと自分はあそこにいるのではないのか? あの時に提案を受け入れていれば……我欲という罪を抱かなかったのなら……

「そなたの中には狭い世界観しかないからそうなるのだ。俯瞰的ではなく偏狭な近視眼的な主観。まっそれで今日まで生きてきたのだろうな」

「そうですね。私は私の信じるもののためにここまで来ました。そこから一度も外れたことはありません」

「だからこそ、ここまで来れたというのか? ではこの妾と歩き上っていくのも、信じるもののためなのか?」

 そうだ、とジーナの身体の内から声が鳴った。続いて心の果てから言葉が口に届く、そうだと。

「……私のためです」

 ヘイムの掌の熱が微かに上がった。それをヘイム自身は気づいているのだろうか?

 こんな些細な心の反映。もしこれは私しか知らないことだとしたらそれは……

「意味が分からぬな。相変わらず論理的な会話の出来ぬやつだ。ほれ、グズグズしとらんで上るぞ、先は長いのだから」

 ジーナは急かされ見上げるも、何も見えるはずもなく、ただ闇が広がるのみ。

「はい、行こうかヘイム」

「何段あるのかは聞かないのか? 見えないのだろう? 怖いはずであるから、ほら聞くがよい」

「聞いたら段数が減るとかじゃないですか?」

「どんな理屈だ。妾にそんな力があるわけがなかろうに。では逆に増えるのなら聞くのか?」

「聞きますね」

 即答するとヘイムの手が震えた。笑っている、だけではないとジーナは思うも、それ以上のなにかは分からないまま、闇のまま。

「そうかそうか。ではお望みどおりに無限に向かって上るとするか。まっ妾がここだといったら、そこが頂上だ。その時までひたすらに上っていけ。階段はいくらでもあるからな。くれぐれも妾の気を損ねて階段数を増やすことをせぬように」

「それはヘイムにはやはりそのような力があるということで?」

「はい増えたぞ。下らぬことを言わずに黙って上れ」

 ここでも足を上げれば一段上がった気がするだけであり、闇の中でひたすらに足の上げ下ろしを延々としている感覚があるものの、ヘイムは喜びの声をあげ、はしゃいだ。

「いいぞ上手いぞ。ほら一段一段注意して行け。途中で転ぶのではないぞ。慌てずにな、大丈夫だ、この妾がいるのだからな」

 確かに、ヘイムがいなければ上れるものではないとジーナは一段上っていく毎に思った。

「途中で障害物があったとしたらちゃんと知らせるから安心せよ」

 そんなものがあるはずもないというのに、ヘイムは喜色満面から出る声で以ってそれを伝えてきた。

「なに下り階段よりもずっと楽であるぞ。もしもこれが下りの方であったらそなたはとてもではないが無事に階段を降りられるはずがなかろうに。もしそなたが階段を踏み外して転げ落ちたとしたら妾も共に落ちることとなる。そうならずに済んで真に良かった良かった。命拾いしたなジーナよ」

「ヘイム、楽しそうだな。そんなに何も見えずに苦労する私が楽しいのか?」

「それはそうだ楽しいぞ。すこぶる愉快。なんたってそなた以外にこんな扱いはできんからな特にそなたは万事に渡って失礼極まる無礼者だ。龍を崇めぬ、崇拝せず、敵視しておる。そんなのは、こうしてやるのが一番だ。だいたいな、そなたは周りが何も見えずに自分一人で勝手に苦労していると思い込んで、いつも周りの人に迷惑をかけているのだから、こうやっていたぶられるのが相応しい男であるぞ」

 凄まじい言いようにジーナは自分は瞬きを素早く幾度もしたと感じた。

 その意味は分からず、また反発を覚えるべきところであるのにそれを覚えず、思う。

 ヘイムはいったい私に何を言おうとしているのか?

「一人で全てやっているやれているとそなたは目が見えている時は思い込んでいたであろう。ところがどうだ今は? こうやって妾が手を引き導かないとどこにも行けない階段は上れない、それどころか目指していたところに行けない、辿り着けない。道を無くした。だがそれはいまだけではない。元からそうであったとしたら? 世界が全て見えている時ですらそなたは誰かに手を引かれていたとしたら? そう思わぬか、いいや思え」

「するとヘイムが今までがそうであったというのですか? このいまのように」

「ああそうだ。妾だけではなく、他にも出会えたその全てのものに、だ」

 ジーナは再び瞬きを何度もした。それが何を意味するのか分からず、まるで返事のように瞬かせた。

 なにを伝えようとしたのか? ヘイムがまた上り出し、ジーナも足を上げだす、その闇のなか。

 無言のまま進めば進むほどに闇が濃くなっていくようにして、脚に身体に闇が絡みつくようにして歩みも遅くなっていきヘイムが声をかける。

「どうした? 辛くなってきたのか?」

「闇が全身を覆ってきている気がしています。闇が濃霧のように重たくなっていませんか?」

「それは疲れとかではないのか? その闇というのはそなたにしか見えないものであるからな。頂上に向かう抵抗感もしくは疲労感とかではないのか?」

「いえ、疲れはないし私は上らなければなりませんし……」

 では何故闇が濃く重く感じ足の進みが遅いのか? やがてジーナは足が勝手に止まるのを感じた。

 どうして身体が止る? ジーナはヘイムの手を強く握った。そんなに、怖いとでもいうのか?

「……もう一段上ってくれ。そこは踊り場であり頂上前最後の休憩所だ。この階段はこの龍の休憩所を小さくしたものでな、いわば次の一段は龍の休憩所となる。そこで、休もう。ほれ、手を引くから足をあげよ。辛くても、上げよ。苦しくても進め。痛くても来るのだ。妾がここにいるのだぞ、来い」

 ヘイムは手を引きジーナは足をあげた。痛みと共に上がった。ここが小さな踊り場だとは見えないまでもそうだと分かった。

 足を動かすもなにも当たらない、あげてもなにも一段上には当たらない……しかしここは頂上ではないのか?

「少し休むとするか。こっちが階段でそこに腰を掛けられる。さぁ座れ」

 言われジーナは手が離れないよう気を付けながら反転し、恐る恐る腰を下ろし想像する。

 階段の硬い感覚が無かったとしたら、そのまま闇の底に落ちていってしまったら、そうした場合に自分ははたしてこの手を離すのだろうか?

「疲れたか? ああ疲れただろうにな。介助される方も楽ではなくて疲れるのだぞ。そしてな妾もそなたの介助でとてもとても疲れた。ああ、これぐらい疲れるものだと、はじめて知ることができたな。そうだなこれは……死ぬほど疲れたといっていい」

 ジーナは強く手を握り、首を振った。だが何に対してそうした?

 ヘイムの今の何に対して? 疲れた、違う。それは違う。だから、いまのは、死という言葉に。

「おっそういえばジーナ。上着を敷いてくれなかったな。これは非礼ではないのか?」

「あっ」

 意表を突かれジーナは間抜けな声が出た。

「申し訳ない。自分のことでいっぱいだったもので」

「いつも自分でいっぱいな癖に、いまだけそうだったと言うのはおかしいのではないか? いやいやすまん。言っておきながらなんだが、なに気にするな。今までので十分だし、もう必要がないのだ。そのようなものや気遣いはな」

 嫌な言葉が、聞こえてきたとジーナは感じた。なんだ今の言い方は。

「それでなジーナ……ジーナよ、聞いてくれ」

「嫌です」

 不快な言葉の響きが耳を撃ち身体に震えをもたらしてきた。

 だがその言葉に逆らうようにヘイムは手を強く握り返す。それはジーナよりもずっと小さな力であるのに、すぐに力関係をひっくり返した。

「目を背けるな。こっちを見ろ」

 ジーナは闇の彼方に目を向けていた。なにも、見てはいない。なにも見たくない、だから瞼すら閉じ、なにも聞きたくない、それどころかこの手すら離し、自分を自由にさせたかった。そう思っていた。それをしたいと願っているのに、ジーナは手の力が緩みきらず、繋がる。

 言葉が来ない、とジーナは闇の中で瞼を開く。見たら、言葉が始まる。不快で自分を苦しめに来る言葉が。

 私はずっとなにかを聞きたくなかった。なにかを知りたくなかった。そのために戦いに身を投じ延々と戦い続けたようなものなのでは?

 いつかはそれを知らなければならないのに、聞かなければならないのに、受け入れなくてはならないのに。

「妾はこれから龍となるわけだジーナ……そう、龍を討つものよ」
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