こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

そんな恐ろしいことはおやめください

 これは審査なのか? と男は考えながら女の方を見た。女は背を向けこちらを見ていない、いやそうではなく見ないようにしているといった意識が伝わってくるようであった。

「そういう設定であると、伝えておく」

「ありがとうございます。ではどうしてそこまで? 赤光も中々に高級品でこれでも十分お喜びになられると私は信じられますが。こちらならお預かりしたお財布でおつりも出ますし後々の面倒も起こりません。あなたさまのお気持ちではこれでは不十分だといわれるのですか?」

 自分の気持ちが? と男の勢いづいていた衝動はいったん止まる。私がそこまでする必要とはなんだろう? 私にとってあの人はむしろ、そのようなことをする対象ではなく、それどころか、それ以上に私は……そうじゃない、と男の心はまた動き出す。

 今は違うと、今はそうじゃないと、今だけは、とこの時だけはそうではないその証明としてそれが必要だと。

「妻はとある事情でこういった形での外出が今回で最後かもしれない、らしい。それに買い物の仕方もこの背嚢や鞄が証拠のように量だけを重視にしたものだったが、ここにきて初めて真から欲しいものに出会うも、それを遠慮しているようだとは私の想像力を超えていた。それを知らなければ赤光で良かったが知ったのなら白光を買う他ない。私は知ってしまったんだ、その心を。ならもう可能な限り買う手段を模索するのが今の私の義務ではないのか?」

「義務というよりかは、あなたさまがあの御方にそうしたいという、そのお心なのでは」

 では、その心につける名とは……だが男の思考も言葉もそこにたどり着かずに立ち上がる。立っても分かるはずもなく近づくこともなく、どこにも行けないというのに、座ることもなく立っていた。

「いま、アルに手紙を書きます。どうぞお座りください」

 見下すと主の微笑みが目に入った。

「喜んでお売りいたします。条件付きの分割払いとなりますがよろしいでしょうか」

 男は座り承諾の言葉と共に感謝の言葉を掛けようとするもさえぎられた。

「勘違いなさらないでください。売るのはこちらであり感謝を述べるのもこちらなのです。お支払方法もアルの身近な方であるのですからその点を信頼してのことで。詳細はここではなくどうかあちらからお聞きください。なに無理のない設定となりますが、なにか問題がございましたらアルからこちらにお伝えください」

 そう言われたために男は白光に目を向ける。購入が決まった途端に宝石の光りを放ちこの成り行きを歓迎しているように男には見えた。それから指輪にするために奥の工房に石が運ばれていった。

「良いお買い物を致しましたよ。文句なしに奥様はお喜びになられるでしょう。奥様は自分の手を特に大切にしているでしょうし」

「……そうだな。妻は身体に障害があってああして半身を隠している。だからか右手を大事にしている」

「ご婦人という方はそういうものでございますからね。お身体がそうであるのなら是非ともおつけになってください。するとこの場合は右手で薬指ですね」

 ほぉっと男は感心をし思い出す。西では右手の薬指につける指輪は義務と約束を意味している、と。もとより男は女の左手は意識の外にあるために、それなら全く問題ないと了承した。

 そういえば、と男は思い返す。ハイネへの指輪もここで買おうかと。というかあちらのほうが実際の目的であったのだが、忘れていた。

「ついでにもう一つ指輪を欲しいのだけど。できるだけ安いもので」

「これはまた落差の激しい御注文でございますね。それは奥様のではございませんよね?」

「いやいやまさか。知り合いの女の人のためのもので。代わりに買ってくることになったのだけど、よく分からないから一番安いのではなくて、そこそこ安いのがあったらそれを」

気軽にそう伝えると主の表情が曇りむこうで店員と話している女の方を見、また顔を戻した。そこには明るさは消えていた。また私は失言をしたというのか?

「あの、再三に渡りこのようなことをお聞きし、お客様のことを深く詮索するつもりはございませんけれども、アルの親戚として一応お聞きした方が良いと思いまして、失礼ながらお尋ねいたします。そのご婦人は御友人なのでしょうか?」

「友人というよりかは同僚だな。私よりも妻との方が付き合いが古い」

 明らかに主は身を固まらせ眼だけを動かしている。なんだろう? いったいどうしてそんな反応をするのか。なにか変なことを言ったのであろうか?

「あの、奥様はそのことはご存じでしょうか?」

 緊張し慎重に言葉を選び言葉を呑み込みながらゆっくりと主が尋ねて来るが男は簡単に答えるだけであった。

「いや知らないな。これは私と同僚だけの話だからな」

 主は瞼を閉じ少し黙考したのちに瞼を開いた。なんだその決意を込めた顔つきは。

「アルの手紙には諸事情があって指輪を購入と書いてありました。失礼ながら隊長はろくでもない女にとりつかれている、とも余計な一言も書かれておりましたが、それはあの奥方ではなく同僚の方で相違ありませんよね。そしてその方はアルと仲が悪かったりは?」

 相変わらず酷いなと男は溜息をつきながら言葉にはせずに首肯すると主も嘆息する。

「なるほど。その出来るだけ安いというのもアルの意見でしょうね。あれは昔のまま女嫌いでしかもこじらせているのか……よし、こう致しましょう、お客様はいまおいくらお出しできますでしょうか?」

 いくらってこれは自費で買うつもりであったから自分の財布を取り出し数えようとすると、
主が数字を口にし中身の額と上二桁の数字が当たっており男は驚いた。

「チラリと見えたのと厚みですね。そんなことよりもお客様、いま所有の全金額でその御同僚さんに指輪を買うことをお勧めいたします。この中から、どうぞ」

 主が大慌てで隣のショーケースから宝石棚をとりだしにかかるが男は混乱する。なんでそんな高いものを買わないといけないのか?

「待ってくれ。私は別に買うとは」

「複雑そうですし詳しい御事情はお聞きしませんが、この場合は決して極端な差をつけてはなりません。エライことになりますよ。とはいえ白光と釣り合いは無理でしょうが近づけることは可能です、最善を目指しましょう」

「だから待ってくれ。あの値段は私にとって大金だ。それをこのような形にされるのは」

「お客様はその御同僚の方とは今後仕事の付き合いは長くなりましょうか? 関係は続くと?」

「それはもう。彼女がいないと困ったこともありますし、これから先もこの関係が上手く続けばいいと思っていますよ」

「でしょうね。でしたら安い指輪など買うべきではありません。それにもしも真実に代理の買い物でしたらそんな安物を買うのは良くないでしょうし、後日奥様が白光の指輪をみんなの前にお披露目をしたときに、その御同僚の方のお気持ちを考えましたら、二度とその関係は取り返せなくなりますよ」

「なっなんだと? しかし見せびらかすってそんな……比べたりするのか」

「人に見せなければなんのための宝石と美ですか大金ですか。比べますとも、虚飾こそが人の楽しみなんですから」

 破滅するから絶対に買えという圧力の前に意味は分からないまでも怖さを覚えた男は屈し、諦めて前に出された宝石の箱を覗き込む。

 まさに多彩な光が眼前に広がり綺麗ではあるがどれもこれも美しいからなにを選べばいいのか分からなかった。こうなるとどれも一緒じゃん。

 だから安いのはどれかなと視点を変えてみようとすると、一つに目が留まり声が出る。

「おっ」

「早速見つけになられるとは、やはりあなた様も良き眼をお持ちなようですね」

 男が目を引いたのは茜色の光であった。あのハイネとの会話の最中に変わる瞳の色。普段はそんな色ではないそれ。

 あの色を彼女は知っているだろうか? 知るはずもないその色。そして私はその色彩を正確に伝えることは可能だろうか? 言葉が足りないし見本もない。だがその色はいまここにある。何度も見た自分だからこそ分かるのかもしれない。あなたは私と話している時、ときたまこんな瞳の色をします。

 けれど私はその色の意味を知らない。本人なら、知っているのかもしれない。それは確かめたくなることだ、と。

「私にとっての彼女のイメージカラーがその色になるな。ちょうどいい。他はどれも綺麗で選びようがないが、その色なら選べる。というかこれしかない。それでこの石はどこからのものなのだ?」

「これもまた山のものでありまして。ここまではっきりと色がつくのはとても珍しく他店には無く、まず当店にしかないでしょう。お客様がこの店にお越しになられたのもアルを通じての運命といえるものでしょうね」

 如何なる運命であろうかと男は宝石を手にとり見る。茜色の光りを見つめるとまず言葉をそれから顔を思い出し、その時のハイネがそこにいる気がしてきた。宝石の輝きを見るにつけ、なんで私がこんな大金を払ってと言う感情はその煌めきの中に吸い込まれていくような、一つの魔力に呑み込まれていくのを感じ、元に戻した。

「こちらもお願いいたします。ああ左手になりますが薬指のサイズなら彼女のは妻のよりも気持ちちょっと太めです」

 主は宝石を手にして急にまた固まった。よく固まる人だと男は不思議な気持ちになる。それから主はまた瞼を閉じ黙考しそれから二度頷き微笑んだ。

「いやぁ詳しくて助かりました。利き手で左右の指のサイズは変わりますからねハハッ。とりあえず工房のものに伝えておきます、はい」

 果たして何を考えていたのか分からないまま男は改めて主に料金を支払い物が完成するまで待つも、その間も女は近づいてくることもなく主もアルのことで話し始め男を離さなかった。まるで何らかの意思が働く空間となっており、互いに目を送ることが禁じられているようであった。

やがて指輪が完成し二つの箱が届けられ男が二つとも懐のなかに入れようとすると腕が掴まれた。見ると怯えた表情の主の顔があった。さっきからなんなんだこの男は。

「そんな恐ろしいことはおやめください」

 主の震え声に男は抵抗する力を失った。しかし私のどこにそんな恐怖を起こさせるなにかがあったのだろうか? 怖いのはこちらだ。

「失礼を承知ですが、あなたはどちらの箱に何が入っているのか確認しませんでしたよね? そして同じところに仕舞われましたが、これから取り出して奥様にお渡しする際にどっちがどっちだかお分かりになるのですか?」

「いや、まぁ勘で取り出すかな。間違えていたらやり直せばいいし、確率も二分の一だからそこは大丈夫では」

ブルブルと主を首を横に振り腕に力を入れる。どうしてそこまで必死に?

「あなたはアルの隊長としてたいへんな信頼を受けておられるし、そのご人格も優れていると私には分かりますが、恐ろしいことをしがちな運命を背負っているとみえます」

 結構にいい目をしているな流石はアルの親戚だと男は感心する。

「ですからそうして同じところに入れましたら、あとで絶対に間違えた方を奥様にお渡ししてたいへんなことになります」

「だから間違えたなら取り変えればいいのでは」

「ですからそんな危ないことをしないでください。奥様が天上から奈落へと落ちてしまいますよ」

 やけに不吉なことを言うなと男が首を傾けている隙を狙って主は懐に手を入れ探ってきた。

「良いですか? こちらの奥様用の箱は左懐にお入れ下さい。っでもう一つのこちらは反対側の右懐に。これでお忘れにならない限りは間違えず、平和が約束されます」

「あっありがとう。それなら確実に正しく渡せるから安心してもらいたい」

「こちらこそ感謝いたします。それと念のため申し上げますが茜光の方は奥様に話されてはなりませんよ」

「どうして?」

 主の顔が苦し気に歪む。私は普通にしているのにどうして主はこんなに辛そうなのか? もしかして持病持ちなのかなと男は思った。

「ああっと……要はですね話すと奥様はへそを曲げられて拗ねる可能性が高いかと」

「むっ理由はよく分からないが不機嫌になられると至極面倒で困るからやめとこう。黙っておく」

 励ますように敢えて素直に請け負うと主の顔が笑顔で輝き抱き着いてきた。離れてからこれでようやく完了だなと安心しながらここでやっと男は女に近寄り声を掛けると女はお喋りを止め振り向いた。

「終わったのか? では出ようか」

とそれ以上はなにも聞かずに男の手を取り扉を開いて外に出た。その際に見送りにきた主に対して男は感想を漏らした。

「不思議なものだ。こんなに散財したのに少しも苦しさを覚えないんだ」

「それは良い買い物をした証拠ですよ。またのお越しをお待ちしております」

または来たくないな、と男は心の中でそう思った。
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