二度と恋はしないと決めたのに~フライトドクターに娘ごと愛されました~

彼が無責任なことを言わない人だと、千咲は知っている。

彼とこれっきりにならず、今後も一緒にいられるのだとしたら。そしてなにより、紬に父親という存在を与えてあげられるのだとしたら。

櫂の言葉を聞き、そんな甘えた考えが脳裏に浮かぶ。

けれど、手放しで喜ぶほど能天気ではいられない。彼を信じられず逃げ出した自分に、そんな資格があるのだろうか。

(あの時、私がきちんと確かめていたら⋯⋯)

早々に誤解が解け、ふたりで紬を育てる未来があったのかもしれない。一緒にベビーグッズを揃えて、出産の瞬間も、初めての育児も、全部ふたりで迎えられたのだとしたら。

これまで必死にひとりで紬を育ててきて、そんな夢を見なかったといえば嘘になる。ここで彼の優しさに甘えては、引き返せなくなってしまうかもしれない。

それなのに、膝の腕でぐずる紬が大声で泣きだす前にここを出なくてはと焦り、櫂に言われるままにスマホを出して連絡先を交換してしまった。

「必ず連絡するから」

櫂は伝票を持って立ち上がると、今日一番の笑顔を見せた。


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