旦那様は二人きりになると無口になるから仮初の夫婦なのかと思っていたけど、意外とそうでもなかった
 
(とは言ったものの、急に会話なんて思いつかないわ……!!)

 ガタゴトと音を立てて街道を進む馬車の中。向かいに座る旦那様の視線を受けながら、私はうんうんと悩み続けていた。
 私たちの暮らす王都から海の見える丘まで、馬車で二時間ほど。
 街道を進み続ける馬車の車窓は、お店がひしめく様子から変わり、まばらな店々の間から木々が見えるようになった。
 しかし、馬車の中の様子は変わらない。
 じっと黙りながら本を読む旦那様と、おろおろしながら外を見つめては旦那様を見て、再び外を見つめる私。

(ううん。でも、会話しないといけないから……!)

 そう、海を見に行きたいのは口実。
 本当の目的は、旦那様と会話をすることなのだから。
 すでに馬車に一時間乗っていて会話するタイミングなどとうに失っているが、ここで口を出さなきゃ侯爵夫人の名が廃るというもの。

「だ、旦那様っ……!」

 ええいままよと勢いで声をかけると、旦那様はすぐに本から視線を外し、こちらを見た。
 とはいえ、勢いだけで言ったものだから、とくに話す用はない。

(わ、話題とか……な、何かあるかしら……!)
「あ、あの、先ほどのケーキなんですが」
「ああ」

 なんとか話題を一つ持ち出すことができて、安心する。しかし戦いはこれからだ。

「あの、とても……美味しかった、です……」
「ああ」

 旦那様の返事を皮切りに、馬車の中では車輪が道を進む音が聞こえるようになった。

(話題が尽きてしまった……!)
「ケーキなのですが……」

 少しの沈黙のあと、そういえば、と思い出して再び口を開く。その間、旦那様は私をじっと見つめていた。

「もしかしてあれは、使用人の皆さんへのプレゼント……だったのでしょうか……?」

 そう聞くなり、旦那様は左上を見て、思案し始めた。
 やっぱり、私が急にわがままを言ってしまったから、使用人の皆さんへのプレゼントを急遽私に渡したのかもしれない……
 申し訳なくなってきて、どんどん俯いてしまう。

「いや」
「え?」

 しかしその直後、旦那様は首を横に振った。

「あれは、君のために買ったものだ」

 そう言い、再び本に目を落とし始めた。

(ど、どっちなのかしら……!)

 私は「ありがとうございます」と言って、外を見るふりをしながら、思考を回転させる。
 よくよく考えてみれば、二人だけの空間で「他の人に買ったものか?」と聞かれて、馬鹿正直に「そうです」だなんて答える人、そういないかもしれない。
 旦那様は私に気を遣ってくれて、わざと嘘をついている可能性も捨てきれない……
 でも、旦那様って噓なんてつくのかしら。
 いやでも、社交界では演技をしているわけだし、噓をつくなんて造作もなさそうだわ。
 うーんうーんと考え込んでいるうちにわからなくなって、私は旦那様を目だけで見た。
 いつもと変わらない表情。
 いつもと変わらない読書の姿勢。
 金髪碧眼のお顔はいつもと変わらないが、たぶん髪はいつもよりちょっと艶やかだ。いつも見るのが早朝で、陽の光が弱い頃だからかもしれないけれど。
 そう旦那様を見ているうちに、ふといつもとは違ったところを見つけた。

(耳の先が……ほんのり赤い?)

 正直に言えば、いつもの旦那様の耳の色なんて覚えてないし、もしかしたら内装の反射で赤く見えているだけかもしれない。
 ただ、普通の肌色に比べて、微かに赤いような気がした。

「旦那様、もしかして暑いのですか?」
「……は」

 目を縦に動かしてはページをめくっていた旦那様は、そう空気が漏れるような言葉とともに顔を上げた。

「いや」
「でも、少々耳の先が赤いので……窓を開けましょう」

 たしかに今は暖かい気候ではあるが、馬車の中で窓も開けなければ汗ばむ程度の気温。旦那様は筋肉があるから、人よりも暑がりなのかもしれない。
 私は旦那様の返答を待たずに、両側の窓をそれぞれ少し開けた。
 途端、熱がこもっていた空気が逃げていき、土の匂いと、なんだか湿った空気が車内に入ってきた。

「なんだか、変わった匂いですわ」

 嗅いだことのない匂いに、首を傾げる。
 王都の空気とは違う、でも別に嫌な匂いというわけではないので、すんすんと何度も嗅いでしまう。
 そうしていると、本を座面に置いた旦那様が、私が見ている方向と同じ窓から景色を見て、呟いた。

「海だ」
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