恋はもっと、すぐそばに
第11章 あなたの知性に恋をした
金曜日の朝、美咲が出社すると、編集部の空気がいつもと違っていた。何人かの同僚が美咲を見て、意味深な表情を浮かべている。
美咲がデスクに向かう途中、編集長が声をかけた。
「美咲ちゃん、ちょっといいかな」
編集長の表情は読めなかった。美咲の胸が騒ぐ。編集長のデスクに向かう足取りが、自然と重くなる。
「座ってください」編集長は優しい口調で言った。「昨日まで、君の記事について悩んでいました」
美咲は息が詰まるような気がした。
「正直に言うと、最初は掲載を躊躇していました」編集長は机に置かれた美咲の記事に手を置く。「でも……昨夜、妻に読んでもらったんです」
編集長の表情が和らいだ。
「妻が涙を流して読んでいました。『こんな記事を待っていた』と言って」
美咲の目が大きく見開かれた。
「美咲ちゃんの記事、掲載することにしました」
その瞬間、美咲は世界が輝いて見えた。
「本当に……本当ですか?」美咲の声が震えている。
「ええ。確かに賛否両論はあるでしょう。でも、田中君の推薦もありましたし」編集長は微笑んだ。「何より、これは質の高い記事です。うちの雑誌の新しい可能性を示してくれると思います」
美咲の目に涙が浮かんだ。
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」
自分のデスクに戻ると、田中がグッドサインを出して迎えた。他の同僚たちも拍手で祝福してくれる。
「美咲、おめでとう!」
「すごいじゃない、掲載決定なんて」
美咲は深く頭を下げた。支えてくれた人たちへの感謝で胸がいっぱいだった。
発売日の火曜日、美咲は通勤途中の書店に立ち寄った。雑誌コーナーで自分の記事が掲載された雑誌を手に取る。
表紙をめくって、目次のページで自分の名前を見つけた時、改めて実感が湧いてきた。本当に掲載されたのだ。
記事のページを開く。美咲の心が躍った。レイアウトも美しく、内容が丁寧に編集されている。
その日の午後から、編集部に読者からの反響メールが続々と届き始めた。
「こんな記事を待っていました。女性の本音を代弁してくれてありがとうございます」
「職場での経験と重なり、涙が出ました。勇気をもらいました」
「もっとこういう深い内容の記事を読みたいです」
美咲は一通一通のメールを読みながら、胸が熱くなった。
田中がメールの束を持って美咲のデスクにやってきた。
「美咲、見てごらん。反響メールが過去最高数だよ」
「本当ですか?」
「批判的な意見もいくつかあるけれど、圧倒的に賞賛の声が多い」田中の顔が興奮で紅潮している。「特に『こういう記事をもっと』という要望が多いんだ」
編集長も美咲のところにやってきた。先週までとは全く違う、満面の笑みを浮かべている。
「美咲ちゃん、君の記事、大好評だよ」
「ありがとうございます」美咲は静かに答えた。
先輩女性編集者も通りかかった。
「美咲ちゃん、見直したわ。あなた、本当はこんなに才能があったのね」
美咲は苦笑いを浮かべた。大切なのは、本当の自分で勝負できたこと。そして、それが多くの人に受け入れられたことだった。
金曜日の夕方、美咲はいつもの電車に乗り込んだ。バッグには発売されたばかりの雑誌が入っている。拓也に報告したい気持ちで胸が躍っていた。
電車が動き出すと、見慣れた後ろ姿が目に入った。拓也だ。美咲は彼の近くに向かった。
「お疲れ様です」
拓也が振り返ると、驚いたような、そして嬉しそうな表情を浮かべた。
「また会いましたね。今週もお疲れ様でした」
二人は自然と席に並んで座った。
「実は……」美咲はバッグから雑誌を取り出した。「お伝えしたいことがあるんです」
拓也は雑誌を見て、首をかしげた。
「この雑誌が?」
美咲は雑誌を開いて、自分の記事のページを見せた。
「実は、この記事を書いたのは私なんです」
拓也の目が大きく見開かれた。
「本当に? この『現代女性の自己実現における社会的圧力とその克服』という記事が?」
「はい」美咲の頬に赤みがさした。「あなたとの会話にとても影響を受けて……」
拓也は雑誌を手に取り、真剣に読み始めた。美咲は緊張して彼の表情を見つめる。
ページをめくりながら、拓也の表情がどんどん驚きに変わっていく。
「これは……素晴らしい」拓也が顔を上げた。「社会心理学的な視点から、女性の社会的制約を分析している。しかも、実体験に基づいた説得力がある」
美咲の心が躍った。
「専門家から見て、どうでしょうか? 間違いはありませんか?」
「間違いなんてとんでもない」拓也は興奮を隠せない様子だった。「実は僕の研究分野にも関連する内容なんです。ジェンダーと社会的期待の心理学的影響について」
美咲は息を呑んだ。
「特に『知性を隠す女性の心理的メカニズム』についての分析は秀逸です」拓也は記事を指差した。「これは学術論文としても通用するレベルですよ」
美咲は信じられない気持ちだった。専門家にそこまで評価してもらえるなんて。
「僕がなぜあなたに惹かれたのか、今よく分かりました」拓也は美咲を見つめた。「最初からこの洞察力と知性を感じ取っていたんです」
美咲の胸が高鳴った。惹かれた、という言葉に。
「でも……」美咲の表情が曇った。「こんなに知的すぎる記事を書く女性って、男性には……」
「何を言ってるんですか」拓也は首を振った。「知性と女性らしさは対立するものではありません。むしろ……」
拓也は少し恥ずかしそうな顔をした。
「むしろ、あなたの知性こそが、僕があなたに惹かれる最大の理由なんです」
美咲の目に涙が浮かんだ。
「本当に……本当にそう思ってくださるんですか?」
「だから僕は、毎週この時間の電車を楽しみにしているんです」拓也は微笑んだ。「あなたと話していると、新しい視点や発見がある」
美咲は心の奥底にある最後の恐怖を口にした。
「私みたいに、いつも深いことを考えている女性と一緒にいて、疲れませんか?」
「疲れる? なぜそんなことを?」拓也は困惑した。
「軽やかさがないって言われるんです……」
「美咲さん」拓也は真剣な目で美咲を見つめた。「あなたが深く考えることを『疲れる』と感じる人は、あなたにふさわしい人ではないんです」
美咲の胸が震えた。
「本当にあなたを愛する人なら、その知性を宝物のように大切にするはずです」
美咲の心の中で何かが解放された。長い間心を縛り付けていた鎖が、音を立てて外れていく感覚だった。
「ありがとうございます」美咲の目に涙が浮かんでいた。
電車のアナウンスが響いた。拓也の降車駅に近づいている。
拓也は立ち上がりかけて、振り返った。
「美咲さん」彼の声に少し緊張があった。「来週の土曜日、もしよろしければ……もっとゆっくりお話しませんか?」
美咲の頬が赤く染まった。
「はい」美咲は小さく頷いた。「ぜひ、お願いします」
拓也の顔に安堵の表情が広がった。
「あなたのような素晴らしい人と出会えて、僕は本当に幸運でした」
「私も……」美咲は勇気を振り絞った。「あなたに出会えて、自分を好きになれました」
拓也の目が優しく細められた。
「それが一番大切なことです」
ドアが閉まる瞬間、二人は笑顔を交わした。美咲の心は、今まで感じたことのない幸福感で満たされていた。
電車が動き出すと、美咲は窓の外の夕日を見つめた。新しい自分の人生が、今、始まろうとしている。
美咲がデスクに向かう途中、編集長が声をかけた。
「美咲ちゃん、ちょっといいかな」
編集長の表情は読めなかった。美咲の胸が騒ぐ。編集長のデスクに向かう足取りが、自然と重くなる。
「座ってください」編集長は優しい口調で言った。「昨日まで、君の記事について悩んでいました」
美咲は息が詰まるような気がした。
「正直に言うと、最初は掲載を躊躇していました」編集長は机に置かれた美咲の記事に手を置く。「でも……昨夜、妻に読んでもらったんです」
編集長の表情が和らいだ。
「妻が涙を流して読んでいました。『こんな記事を待っていた』と言って」
美咲の目が大きく見開かれた。
「美咲ちゃんの記事、掲載することにしました」
その瞬間、美咲は世界が輝いて見えた。
「本当に……本当ですか?」美咲の声が震えている。
「ええ。確かに賛否両論はあるでしょう。でも、田中君の推薦もありましたし」編集長は微笑んだ。「何より、これは質の高い記事です。うちの雑誌の新しい可能性を示してくれると思います」
美咲の目に涙が浮かんだ。
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」
自分のデスクに戻ると、田中がグッドサインを出して迎えた。他の同僚たちも拍手で祝福してくれる。
「美咲、おめでとう!」
「すごいじゃない、掲載決定なんて」
美咲は深く頭を下げた。支えてくれた人たちへの感謝で胸がいっぱいだった。
発売日の火曜日、美咲は通勤途中の書店に立ち寄った。雑誌コーナーで自分の記事が掲載された雑誌を手に取る。
表紙をめくって、目次のページで自分の名前を見つけた時、改めて実感が湧いてきた。本当に掲載されたのだ。
記事のページを開く。美咲の心が躍った。レイアウトも美しく、内容が丁寧に編集されている。
その日の午後から、編集部に読者からの反響メールが続々と届き始めた。
「こんな記事を待っていました。女性の本音を代弁してくれてありがとうございます」
「職場での経験と重なり、涙が出ました。勇気をもらいました」
「もっとこういう深い内容の記事を読みたいです」
美咲は一通一通のメールを読みながら、胸が熱くなった。
田中がメールの束を持って美咲のデスクにやってきた。
「美咲、見てごらん。反響メールが過去最高数だよ」
「本当ですか?」
「批判的な意見もいくつかあるけれど、圧倒的に賞賛の声が多い」田中の顔が興奮で紅潮している。「特に『こういう記事をもっと』という要望が多いんだ」
編集長も美咲のところにやってきた。先週までとは全く違う、満面の笑みを浮かべている。
「美咲ちゃん、君の記事、大好評だよ」
「ありがとうございます」美咲は静かに答えた。
先輩女性編集者も通りかかった。
「美咲ちゃん、見直したわ。あなた、本当はこんなに才能があったのね」
美咲は苦笑いを浮かべた。大切なのは、本当の自分で勝負できたこと。そして、それが多くの人に受け入れられたことだった。
金曜日の夕方、美咲はいつもの電車に乗り込んだ。バッグには発売されたばかりの雑誌が入っている。拓也に報告したい気持ちで胸が躍っていた。
電車が動き出すと、見慣れた後ろ姿が目に入った。拓也だ。美咲は彼の近くに向かった。
「お疲れ様です」
拓也が振り返ると、驚いたような、そして嬉しそうな表情を浮かべた。
「また会いましたね。今週もお疲れ様でした」
二人は自然と席に並んで座った。
「実は……」美咲はバッグから雑誌を取り出した。「お伝えしたいことがあるんです」
拓也は雑誌を見て、首をかしげた。
「この雑誌が?」
美咲は雑誌を開いて、自分の記事のページを見せた。
「実は、この記事を書いたのは私なんです」
拓也の目が大きく見開かれた。
「本当に? この『現代女性の自己実現における社会的圧力とその克服』という記事が?」
「はい」美咲の頬に赤みがさした。「あなたとの会話にとても影響を受けて……」
拓也は雑誌を手に取り、真剣に読み始めた。美咲は緊張して彼の表情を見つめる。
ページをめくりながら、拓也の表情がどんどん驚きに変わっていく。
「これは……素晴らしい」拓也が顔を上げた。「社会心理学的な視点から、女性の社会的制約を分析している。しかも、実体験に基づいた説得力がある」
美咲の心が躍った。
「専門家から見て、どうでしょうか? 間違いはありませんか?」
「間違いなんてとんでもない」拓也は興奮を隠せない様子だった。「実は僕の研究分野にも関連する内容なんです。ジェンダーと社会的期待の心理学的影響について」
美咲は息を呑んだ。
「特に『知性を隠す女性の心理的メカニズム』についての分析は秀逸です」拓也は記事を指差した。「これは学術論文としても通用するレベルですよ」
美咲は信じられない気持ちだった。専門家にそこまで評価してもらえるなんて。
「僕がなぜあなたに惹かれたのか、今よく分かりました」拓也は美咲を見つめた。「最初からこの洞察力と知性を感じ取っていたんです」
美咲の胸が高鳴った。惹かれた、という言葉に。
「でも……」美咲の表情が曇った。「こんなに知的すぎる記事を書く女性って、男性には……」
「何を言ってるんですか」拓也は首を振った。「知性と女性らしさは対立するものではありません。むしろ……」
拓也は少し恥ずかしそうな顔をした。
「むしろ、あなたの知性こそが、僕があなたに惹かれる最大の理由なんです」
美咲の目に涙が浮かんだ。
「本当に……本当にそう思ってくださるんですか?」
「だから僕は、毎週この時間の電車を楽しみにしているんです」拓也は微笑んだ。「あなたと話していると、新しい視点や発見がある」
美咲は心の奥底にある最後の恐怖を口にした。
「私みたいに、いつも深いことを考えている女性と一緒にいて、疲れませんか?」
「疲れる? なぜそんなことを?」拓也は困惑した。
「軽やかさがないって言われるんです……」
「美咲さん」拓也は真剣な目で美咲を見つめた。「あなたが深く考えることを『疲れる』と感じる人は、あなたにふさわしい人ではないんです」
美咲の胸が震えた。
「本当にあなたを愛する人なら、その知性を宝物のように大切にするはずです」
美咲の心の中で何かが解放された。長い間心を縛り付けていた鎖が、音を立てて外れていく感覚だった。
「ありがとうございます」美咲の目に涙が浮かんでいた。
電車のアナウンスが響いた。拓也の降車駅に近づいている。
拓也は立ち上がりかけて、振り返った。
「美咲さん」彼の声に少し緊張があった。「来週の土曜日、もしよろしければ……もっとゆっくりお話しませんか?」
美咲の頬が赤く染まった。
「はい」美咲は小さく頷いた。「ぜひ、お願いします」
拓也の顔に安堵の表情が広がった。
「あなたのような素晴らしい人と出会えて、僕は本当に幸運でした」
「私も……」美咲は勇気を振り絞った。「あなたに出会えて、自分を好きになれました」
拓也の目が優しく細められた。
「それが一番大切なことです」
ドアが閉まる瞬間、二人は笑顔を交わした。美咲の心は、今まで感じたことのない幸福感で満たされていた。
電車が動き出すと、美咲は窓の外の夕日を見つめた。新しい自分の人生が、今、始まろうとしている。