拝啓、元婚約者様 捨てた私のことはお構いなく
「……いや」
脳裏に浮かんだのは、先ほど一緒に部屋に閉じ込められていたフィーヌの姿だ。
二十歳くらいの赤茶色の艶やかな髪を結い上げた目を引くような美人で、すらっとした首と一緒に見えるうなじが、彼女の色気をさらに引き立てていた。
一方的に責め建てられても取り乱すことなく、凛とした姿が印象的だった。
『恐らくこれから、この部屋で馬鹿げた出来事が起こります』
はっきりとそう言ったフィーヌの言葉から判断するに、彼女は自分が婚約破棄されることをわかっていながら、わざとあの場にいた。つまり、不名誉な汚名を着せられるとわかっていながら、そこまでしてでもバナージと婚約破棄をしたかったのだろう。
(まあ、あの間抜けな公爵令息の妻になりたくないというのは理解できる)
下位貴族から高位貴族に婚約破棄を申し立てることはできない。だからこそ、手のひらでバナージを躍らせ、あの場を利用したのだ。
(美人で、頭もいい。ダイナー家の嫡男はよほど見る目がないと見える)
賢い女は嫌いじゃない。
初対面で欲しいと思った女は、生まれて初めてだった。
「思った以上の収穫だった。面白いものを見つけたよ」
ホークは馬車の窓から民家の軒先に架かる灯りを眺めながら、これからどう動くべきかと思案する。
「何を見つけたのですか?」
カールは不思議そうに、ホークを見つめる。