それが例え偽りの愛だとしても
玄関には、黒の紋付袴に身を包んだ真人様が立っていた。

背筋が伸び、風格に満ちているのに、どこか緊張しているようにも見えた。

「……やあ、沙奈さん。」

真人様は私の手をそっと取った。

その手が、とてもあたたかかった。

「本当に、来てくれたんだね。」

私が頷くと、真人様の目元に浮かぶ、わずかな“くま”に気づいた。

下瞼に、うっすらと色が差している。

「……眠れていないのですか?」

そう尋ねると、真人様は照れたように少しだけ笑った。

「今日になって、君に“やっぱりやめます”って言われたら……って思うとね。」

一瞬、驚いて、それから——
ふわっと胸の奥があたたかくなった。

真人様も、不安だったんだ。

私を“選んだ”ことに、覚悟を持ってくれていたんだ。

(かわいい……)

そう思ったら、自然に笑みがこぼれていた。

私は、もう大丈夫。
たとえ偽りから始まったとしても。

今この瞬間、“本当にこの人の花嫁になれた”気がした。
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