それが例え偽りの愛だとしても
そして——
真人様はそっと、私の唇に口づけをくれた。

触れるだけの、やさしいキス。

でもそこには、愛も、欲も、約束も、全部詰まっていた。

私の中で、何かが、音を立ててほどけていく。

“この人に、抱かれたい”
“この人に、許されたい”
“この人の妻になりたい——心から”

そう思った瞬間、ようやく私は涙をこぼせた。

そして、婚礼の当日がやってきた。

私は白無垢に袖を通し、別邸をあとにした。

母が小さく手を振る姿が、角を曲がるまで見えていた。

(純潔のまま、この家を出る——)

それにも、きっと意味がある。

そう思いたかった。

たとえすべてが偽りの土台に築かれていたとしても、“心だけは本物でありたい”と、願った。

馬車が止まった。

一呼吸おいて降りると、そこは矢井田家。

今日から、私の“新しい家”になる場所。
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