ガーネット

「先生がこのスマホに触った……!!!」

玄関をくぐった瞬間、私はソファになだれ込むいつもの癖をすっ飛ばして、自分の部屋に直行した。

スマホが没収されていたということは、録音が途中で止まった可能性があるということ。
つまり、先生の声を聞き逃したかもしれないってことだ。
そんなの、許されるわけがない。

机に置いたスマホを両手で包むように持ち上げる。
先生の手が、ここに触れた。
画面に指紋が残っていないか確認してしまうくらい、脳みそは完全に恋に毒されていた。

でも、私はただのファンじゃない。
先生の“声”を、毎日きちんと集めてる。
だって、先生はお気に入りのネクタイピンを毎日つけているから。
──私が、誕生日プレゼントとして渡したやつ。
もちろん、そこには盗聴器が内蔵されている。
スマホのアプリと接続すれば、どこにいても先生の声が聞こえる。

会えなくても、声があれば寂しくない。
……はずだったのに。

机に向かってイヤホンを差し込む。
アプリを立ち上げて、今日の録音を再生しながら、日記の過去ページをめくっていく。

『今日は初めて喋った日!!
いつも追いかけてるけど話すのは初めてだから緊張した笑!』

『部活に入ったらまさかの悠介先生が顧問!?
担任じゃないけどこうして関われるの最高だよ〜』

『1年/物理基礎分かんなくて泣きついたら付きっきりで教えてくれた!!
初めてこんなにたくさん喋ったよ!』

『1年最後/物理基礎もこれで終わり。
もう、先生の授業ないのか〜寂しいよー泣』

ふっと笑ってしまう。
どのページも、全部、全部、先生ばかり。
ページを閉じて、今日の分を新しく綴る。

『今日、先生にスマホ没収された。
バレたらどうしようって一瞬悩んだけど……バレても、別にいいかも。
先生はどんな顔するかな?
きっと誰にも見せないような顔してくれるんじゃないかな。』

カチッ。ペンを置く音が、やけに大きく響いた。

眠たい。

ベッドにもぐりこみ、イルカのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
「ぎゅーっと抱きしめてあげるね、先生!」

鼻の奥がつんとして、思わず声が漏れる。

「明日は部活……久々にちゃんと会話できる〜〜楽しみ!
今日のスマホ没収もちょっと先生ピリついてたけど、それもカッコよかった……痺れるね!」

ふぅーっと、息を吐く。
寝る前のルーティンをこなしていく。

コップ一杯の水。
ホットアイマスク。
イルカちゃんをしっかり抱いて。



「…………おやすみ。先生。」
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