恋ひわずらふ帝~御簾の奥、ただ君を想う~
「そなた、名前は?」

その声音は、驚くほど柔らかかった。

帝――この国で最も尊い存在が、私の名を問うておられる。

恐れ多いとはまさにこのこと。私は思わず、横に立つ百合様へと目をやった。

「名乗りなさい。帝のお尋ねです。」

百合様の声に背中を押され、私は胸の奥で息を一つのむ。

「……春野と申します。」

名乗った瞬間、自分の声が少し震えているのに気づいた。

「春野、か。――朕は、春宮だ。」

ふいに、帝がそうおっしゃった。

私はつい、思わず顔を少しだけ上げてしまった。

百合様が、帝に返す。

「……帝、今では、あなた様を“春宮様”と呼ぶ方は、いらっしゃいません。」

すると帝は、少しだけ目を細めて微笑んだ。

「そうか?――朕はずっと、春宮なのだがな。」
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