組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
 芽生の記憶が正しければ、箱の中の練り切りは全部で五つあったはずだ。
 京介は芽生の言葉に驚いたように瞳を見開くと、「基本運転手はいないモンとして扱うって話さなかったか?」と問い掛けてから、「けどそこがお前らしいんだよな」と吐息を落とした。
 そうして芽生の頭をポンポンと優しく撫でると、「椿のが二つ入ってるから、長谷川から一個もらって佐山に持って行ってやってくれるか?」と問い掛けてくる。
「分かった」
 芽生はサッと立ち上がると、パーティションの奥にいる長谷川社長へ声を掛けた。


***


「でな、長谷川(はせがわ)。こっからが本題なんだが――」
 芽生(めい)が車で待機している佐山(さやま)の元へ将継(まさつぐ)の厚意で手渡してもらったペットボトル入りの温かいお茶と椿を模した練り切りをひとつ持って行っている間に、京介が話を切り出した。
 目の前には湯気のくゆる熱い緑茶と、小さな器に盛られた練り切りが並べられている。
 京介の前には椿(つばき)、将継の前には水仙(すいせん)静月(しづき)の前には蜜柑(みかん)(かたど)ったものが置かれていて、離席中の芽生が座る場所には店で彼女が見惚れていた(うさぎ)が鎮座していた。
 「俺は残ったので構わねぇから二人が先に好きなのを」と言った京介が、「あ、けど(これ)だけはうちの子ヤギによけさせてもらうな?」と芽生のために確保したのだ。
「先日南町の方で火事があったのは知ってるか?」
 京介の言葉に、将継が「新聞の地方版に小さく載ってたな」と答えて、京介が「あれ、芽生の家なんだ」とつぶやいて将継と静月(しづき)に息を呑ませる。
「幸い芽生(アイツ)は外出中で無事だったんだが、どうもキナ臭くてな」
 言外に故意の放火をにおわせて、京介が吐息を落とす。
「下手に怖がらせたくねぇし、本人にゃーその辺は伏せてあるんだが、もしかしたら芽生(あの子)の命を狙ったヤツの仕業(しわざ)かも知れねぇ」
「は? なんでそうなるんだ。神田(かんだ)さんは命を狙われるようなタイプじゃないだろ?」
「芽生自身は、な? けど、《《俺と結構深く関わっちまってる》》から」
 苛ついたように胸の内ポケットから煙草を取り出そうとして、代わりに茶を一口飲んで誤魔化した京介に、将継が「そんな頻繁に会ってたのか」とつぶやいて。京介が「セキュリティ面に難ありな家だったからつい、な?」と苦笑する。
 要するに葛西組(かさいぐみ)若頭で、相良組(さがらぐみ)組長である自分と深い仲にある女性だと誤認されてしまったかも? と含ませた京介に、将継が「それは……(かんば)しくないな」と眉根を寄せた。
 その上で、先程芽生が自分の課した試練(わな)にまんまと引っかかったことを告白した京介は、「んな感じでさー、一人で家に置いとくのも危なっかしいし、かといって俺が連れ回したら余計誤解を広げそうだろ?」と前置きをしてから、「すまんが、日中だけで構わねぇ。ここで芽生を(かくま)ってもらえねぇか?」と切り出した。
 実は長谷川建設にはセキュリティ面を充実させるため、京介の手配した防犯カメラがあちこちに設置されている。
 それを視野に入れての頼みごとに、将継は小さく吐息を落とすと、「まぁお前にはいつも世話になってるからな」と京介の申し出を受け入れた。
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