婚約破棄されたので辺境で新生活を満喫します。なぜか、元婚約者(王太子殿下)が追いかけてきたのですが?
 エステルにはまったく感じなかった。国境を守る要としての機能を備えている城塞の見た目は華美に欠けるが、人のあたたかさや城内に手入れが行き届いているのは伝わってくる。それにエステルのために用意されたこの部屋にも、彼らの気遣いが現れていた。
「えぇ、ジェームスさんが、お嬢様のことを一瞬、奥様と呼ばれたことです」
「あぁ。そんなの言い間違いではなくて? 誰にだってあるでしょう? 先生をお母様と呼んでしまうような感じよ」
「そうですかね?」
 納得いかないのか、ハンナは首をひねる。
「それよりも、この部屋は本当に居心地がいいわね。お菓子もいただこうかしら」
 今まで馬車に揺られていたせいか、まだ身体はふわふわとしていた。しかし、目的地についた安堵感と部屋の快適さが相まって、エステルは一気に空腹を覚えた。
 目の前に美味しそうな焼き菓子やら軽食が並べられたら、我慢できなかった。
「んっ! このクッキー、さくっとして甘くて美味しいわ。みてみて、真ん中にジャムが入っているの」
「お嬢様。旦那様たちの目が届かなくなったからって、あまりはしゃがないでくださいね」
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