私たちの関係は変わらないと思っていた。
(うーん、友達としてしか見ていなかった相手をふとしたきっかけで異性として意識してしまう…お隣さんとひょんなことから急接近する…ふとしたきっかけ、ひょんなことって何?)
頭の中で想像していたら早速躓いた。世のカップルがどういったきっかけで仲を深め、恋人に発展していくのか全く分からない。自分で妄想し、考えるだけでは限界があった。やはり誰かから経験談を聞くべきなのだろう。さて、誰に聞くべきかというと…。頭に浮かぶのは決まってあの男だ。無意識のうちに綾香の足は「星の雫」に向かっていた。
正直好きな相手の恋愛遍歴なんて聞きたくない。進んで聞きたい奴はただの被虐嗜好だとすら思っている。綾香が聞くのはあくまで仕事のためであり、大我を相手に選ぶのは…ただ単に気軽に聞ける相手が他にいないからだ。綾香の数少ない友達の中に恋人がいたことがある子は更に少ない。それに既に話を聞き尽くしているので、目新しい話を聞けるとも思えなかった。逆に大我の恋人の話は本人が「出来た、別れた」以外の話をしなかったし、綾香も聞きたがらなかったから全く知らない。
(…参考になるかというと微妙なんだよね…)
何せ淡白な大我のこと。プロットに活かせるようなエピソードを持っているとは思えない。それでも背に腹は変えられない。そんなことを考えていると「星の雫」に着いてしまった。今日は大我がシフトに入っている日なので、いるはずだ。
ドアを開けると店の奥から予想通り大我が出て来た。店内にいる客はまばらだ。
「いらっしゃいませ…いつもの席空いておりますよ」
綾香があからさまに疲れた様子ではないからか、今日は普通に対応するらしい。特等席に案内し、注文を聞く。
「今日は…カフェオレで」
「珍しいな、いつもココアかミルクティーなのに」
「うん、今日はちょっとそういう気分なんだ」
さらりとやり取りを終えると大我はカウンターに戻って行った。
(…どうやって切り出そう。聞きたいことあるから仕事終わり時間ある?で良いかな)
綾香の実家と大我の住んでるマンションはそう離れてないため、閉店ギリギリに綾香が来た時は「危ないから」と仕事終わりに家まで送ってくれる。こういうところも綾香が大我を諦められない要因となっていた。我ながら諦めが悪すぎると自嘲する。窓の外を見ながら物思いに耽っていると大我がカフェオレを運んで来た。
「お待たせしました」
「ありがとう…あのさ今日仕事終わり時間ある?」
「時間?今日も帰って寝るだけだからあるが…何かあったのか」
大我は気遣わしげな声をかけてくる。深刻な悩みがあると誤解されては大変なので慌てて否定する。
「何もないよ。ちょっと新しい仕事に関することで大我くんに聞きたいことがあるんだ」
「仕事…ああ。分かった、閉店準備終わるまでここで待ってろ」
ここで大我を待つのは邪魔なのでは?と思っているが、結局彼の厚意に甘えてしまっていた。その後ドアに「closed」の札をかけ店内の掃除、明日使う食材の準備を終え服を着替えた従業員が続々出てくる。大我は野宮と揃って出て来た。
「大我、今日は高城さんと帰るのか?もしかしてデート?」
「違います、店長それセクハラですよ」
大我の冷ややかな返しに野宮は「え?やべ」と慌て始める。野宮は綾香にデート発言を謝罪したが、「気にしてませんから」と宥めると事の発端である大我は「ほら、行くぞ」と野宮を無視して外に出るよう促す。綾香は自由な大我の振る舞いに頭を下げ、彼の後を追って店外に出た。