私たちの関係は変わらないと思っていた。
無事に人気シリーズ新章の配信を迎え、そのタイトルに関する仕事はひと段落した。これでいつも通りの出来るだけ定時で帰れる日々に戻る。プランナーはずっとゲームに関わっているわけではなく、広報やエンジニアといった他部署の社員と密にコミュニケーションを取り、ゲームの宣伝や企画したゲーム設計、開発について話し合う時間も多い。後は人事部、特に採用に関するインタビューを受けたりするし他部署の手伝いに駆り出されたり。とにかくコミュニケーション能力がないときつい。幸い好きなゲームに携われる、という喜びとやる気からがむしゃらに進んできた結果、人見知りが発揮されることはなかったがプライベートに関する会話は苦手だ。しかし、仕事が楽しいから何の問題もない。
そんなある日、上司から呼び出された。何でも新シリーズの制作が決まり、そのメンバーに綾香を加えるというもの。初めてではないが、既存タイトルと違い一から作るとなるとストーリーは勿論宣伝方法も考えなければいけない。続編は楽しみにしているユーザーの期待に応えられるかという不安があるが、新作についても果たして楽しんでもらえるかという不安は尽きない。今まで関わった作品は、敏腕御曹司に医者、外交官やパイロットといったハイスペックな男性との恋をテーマにしたものばかりで、少々現実離れしているストーリー展開でも問題なかった。恋愛経験ゼロで創作物から得た知識しかない綾香でも、先輩達の手を借りながらプロットを制作出来た。そうしてシナリオライターの手によって、ドラマチックで非日常を味わえるラブストーリーに生まれ変わる。そして今回携る新作というのが…。
「日常から生まれる恋…か」
帰り支度をしながら綾香はポツリと呟く。今までのハイスペック男子とのシンデレラストーリーとは一線を画す、「恋のきっかけは、身近にある」がキャッチコピーだ。非日常を味わえる、ドラマチックなシナリオとは対照的に「ちょっとしたリアルさ」をテーマにしている。そしてそのプロット担当の1人が綾香なのである。ヒーローの職業は出来るだけ身近にいる存在にして欲しい、ターゲットである20代から30代の女性ユーザーが思わず共感してしまう恋愛エピソードを入れられれば尚良、あまりにも現実離れしたエピソードやストーリー展開は避けて欲しいと言われ綾香は頭を抱えた。
(恋愛経験ゼロの人間が、ちょっとリアルな恋愛ストーリーを作れるか!)
電車の吊り革に掴まりながら心の中で叫ぶ。こちとら10年以上片思いしていたおかげで彼氏いない歴=年齢だ。一応何度か告白されたこともあったが、どうしても大我の顔がチラついてしまい断ってしまったのだ。好きな人がいるのに他の人と付き合う不誠実な真似は出来ない、と。後悔しなかったといえば嘘になるが、綾香は不器用なので例え彼らと付き合ったとしても上手くいかなかったはずだ。その弊害が今一気に襲い掛かっている訳ではあるが…。
(いや、経験したことしか書けないならミステリー作家は犯罪犯さないといけないし…)
中には恋愛経験がないのに恋愛小説を書いてる人だっている、はずだ。妄想、そして恋愛経験豊富な友人知人から話を聞きそれを基にプロットを制作すれば、行ける。よく分からないものが出来上がってもプロのライターの手に掛かれば、それはそれは素晴らしいストーリーになる。最悪丸投げだ、と無責任なことを考えた。