私たちの関係は変わらないと思っていた。
「お前さ、飲みすぎじゃね」
「大丈夫」
「いやいつもビール2杯で辞めてんじゃん、それ3杯目」
「大丈夫、明日休みだから」
「俺が心配してるのはそういうことじゃねぇよ」
大我の呆れた声がビールジョッキを片手に熱々の麻婆麺を啜る綾香に掛けられる。綾香は飲みすぎて具合が悪くなるのを恐れて、普段は飲む量をセーブしている。だから己のアルコールの限界というものがイマイチ分からない。大我がいつもより飲んでいる綾香を心配し、その都度気遣ってくれているものの無視して飲み進めジョッキの量がみるみるうちに減っていく。
(シラフじゃ聞けないから、酒の力を借りる!)
綾香はどうしても大我に今までの恋愛経験を聞く勇気が出なかった。このままでは誘った意味がない。そこで適度に酒を飲むことで得られる効果を狙うことにしたのだ。実際酒が回ってきた綾香はふわふわとした心地になり、いつになく陽気な気分になってきた。ふふふ、とずっと楽しげに笑う綾香を大我は大盛ラーメンを啜りながら見ている。彼は酒に強いのでジョッキ4杯飲んでも平然としていた。6つある餃子のうち、自分の分である3つ目の餃子を平らげると口を開いた。
「それで?結局俺に聞きたい事って何なんだよ」
大我は焦らされた様子で尋ねてくる。話があると誘われたのに中々切り出されず、いつまでも酒を飲んでいたらそうなる。綾香は自分の勇気が出るまで大我を待たせてしまったことを申し訳なく思う。流石にこれ以上待たせることは出来ないので綾香は、ほんのり赤くなった顔で大我の顔を真っ直ぐに見た。
「…今度仕事で扱う題材がいつものとは違って。テーマが日常から始まる恋なんだよ」
「日常?…ああ、てことは社長や石油王が相手じゃ駄目ってことか」
頭の良い大我は皆まで言わずとも、こちらの言いたいことを汲み取ってくれるので助かる。
「うん、今まで言い方悪いけど想像でどうにかプロット作れてたんだよね。でも今回はテーマがテーマだからプレイヤーが思わず共感出来るエピソードを入れつつ、ヒーローの職種も身近なもの。ヒーローとの出会いも『あり得そう』な範囲から逸脱しないものって制約が多いんだよね」
「ふーん、で。俺に聞きたい事って」
「…私ってさ恋愛経験ないでしょ?」
「そういやそうだな。彼氏いた事ないよな…今まで気にした事ないけどお前モテない訳じゃないだろ、何で彼氏作んないの?」
大我の疑問の矛先が突然自分に向いてきて、油断し切っていた綾香は動揺した。だが、しどろもどろになりつつもどうにか取り繕う。
「そ、それは…す、好きだと思える人がいなかっただけ!私の話は良いの!話を戻すけど。私経験ないからリアルな恋愛エピソード全く知らないの。今まで通り想像でプロットを作れないこともないけど、やっぱり経験者から話を聞いた方がリアルなものが作れると思うんだ。友達には一通り話を聞いちゃったから、私の交友関係だと聞ける相手大我くんしか居ないんだよね」
「お前友達少ないもんな」
気にしていることを平然と指摘する大我を綾香は少し据わった目で睨む。酒のせいか少し語気が強くなる。
「一々うるさい、大体そっちだって少ないでしょ友達。人のこと言える立場じゃないよ馬鹿にしないで」
「別に馬鹿にしてねえよ、友達なんて信頼出来る奴数人いれば十分だ。薄っぺらい関係性の奴が何十人いても意味はないだろ。綾香は本当に信頼出来る友達との付き合いを大事にしてる、そういうとこ俺は良いと思うぞ」
(またそういうこと…)
「おい、一気に飲むな」
こちらの気も知らない大我の発言にヤキモキさせられた苛立ちから、彼の制止する声を聞かずまた一口ビールを喉に流し込む。アルコールが喉に効いて気持ち良い。ジャッキをテーブルに置くと綾香はジトっとした目を大我に向ける。
「だからね、大我くんの恋愛遍歴を聞きたいんだよ」
大我は勢いよく最後の麺を啜り、飲み込んで箸を置く。
「…それさ、完全に人選ミスだろ。俺にまともな恋愛遍歴あると思ってんの」
呆れた彼の物言いに綾香は押し黙った。聞く前から察していたことを本人の口から明言されてしまったからだ。
「…正直期待してなかったけど聞かないよりマシかと思って」
期待されてないと知った大我は、不服そうに眉間に皺を寄せる。
「マシっておい…お前も知ってるだろ。俺最短で1ヶ月、長くて数ヶ月で振られてんの。自分から告ったことないし、最後に付き合ったの大学の時だぞ」
「…それでも付き合ったってことは相手のこと好きだったんでしょ」
微かな胸の痛みを無視して綾香は質問を重ねる。そんな綾香の心中を知らない大我はこともなげに言い放つ。
「好きっていうか…為人を知ってて性格的に会いそうな奴と付き合ってたって感じだな。俺中学の頃から叔父さんのところに入り浸って勉強させてもらってたし、高校行ってからはバイト三昧で恋愛の優先順位低かったんだよ。そういうのを許容してくれる、俺と同じで恋愛に重きを置いてない奴と付き合ってたわ」
「それなのに、振られたの?」
ストレートに切り込む綾香に大我はバツが悪そうに頬を掻く。
「まあ、それは俺の性格とかの問題よ。今もだけど昔の俺デリカシーや気遣い皆無だったから一緒に出かけても、相手の買い物にかかる時間が長いと飽きたから別行動とか普通にしてたし、そもそも予定がない日に自分から誘うって発想がない受け身だったからな」
「…それは振られるかもね」
告白して受け入れてもらった相手からそんな雑な扱いを受けたら、不安に駆られて別れを告げてもおかしくはない。
「後は…俺の家が病院やってるから金持ちだろ、飯奢れ、服買えって強請る奴も居てさ。偶になら奢るし、記念のプレゼントなら買うけどそれが日常的になると流石にどうかと思ってさ。金銭的に余裕があるわけでもないし。それで断ると顔と家柄しか取り柄がなくてつまらないって理由で浮気された。それが大学の時で、それ以来もう面倒で誰とも付き合ってない」
綾香は初めて聞く大我の打ち明け話に衝撃を受け言葉を失う。