私たちの関係は変わらないと思っていた。
(何それ、大我くんのこと見てないじゃない。金蔓や連れ歩くアクセサリーとしか思ってなかったの?そんなの…)
大我が進んで家族との確執を話すとは思えないので、名字から知ったかわざわざ調べたから分からない。「成瀬大我」個人が好きというより彼のバックボーンや外見に惹かれて付き合い、だが思惑と外れたから別れたのだ。
(そんな人達なのに付き合えるんだ…キスとか…それ以上も出来るんだ)
歴代彼女に対する憤りと共に、簡単に大我を振る人間でも愛し合う恋人同士がする行為が出来る事実にどうしようもない虚しさを覚えた。何の行動も起こさない自分が酷くちっぽけで惨めな存在に思えてくる。
「…でもさ、キスとかはしたんでしょ」
「は?」
いつになくグイグイ来る綾香に大我は驚き、瞠目し言いづらそうに目を逸らす。しかし、じっと己を凝視する絢香に根負けしたのか渋々口を開いた。
「そりゃしたけど…つーかお前にこんな生々しいこと話すのきついわ。やっぱ酔ってんだろ、食い終わったしもう帰ろうぜ」
伝票を手に取り席を立とうとする大我だが、立つ気配のない綾香に小さくため息を吐く。
「ほら、帰る」
「キスしたんならそれ以上もした?」
言葉に被せる形で更に踏み込んだ質問が綾香の口から発せられ、大我は蛇に睨まれた蛙のように固まった。キス以上に言いづらいのか口を固く閉ざし、視線を明後日の方向に彷徨わせる。
「お前、絡み酒だったんだな…言える訳ないだろ恥ずかしい」
「言ってくれるまで帰らない」
大我は面倒臭さを隠さない顔で綾香を一瞥し、押し問答を続けるよりマシだと観念したのか周囲に聞こえない小声でこう言った。
「ねぇよ」
「え」
「だから…キス以上したことねぇの。その段階になる前に振られたから。俺もあんまそっち方面興味なかったし、経験なくても支障なかったんだよ。友人からはこのままいったら魔法使いになるんじゃね?って揶揄われてる」
半ばヤケクソ気味に言い切った大我は顔を手で覆った。綾香の酔いが回って正常な判断力を失いつつあった頭が、大我の言葉を理解するまで時間を要した。
(つまり…)
そう、大我は未経験。淡白だと思っていたが経験はあると踏んでいたので意外過ぎる事実だった。ここ何年も悶々と綾香の頭を悩ませていた件が解決したことで、とても晴れやかな気持ちになっている。そんな綾香と対照的に出来れば明かしたくなかったことを話したことで、大我は疲れているようだった。
「何でそんなに聞きたがったか知らねえけど満足か?というか俺の話何も参考にならんだろ」
「そうだねー」
適当な返事をする絢香に大我は眉を顰める。
「そうだねー、じゃねえよ。ったく、一々人に話聞かなくてもネタくらい湧いてくるだろ。同じ会社の同僚、上司、隣人…素人の俺でも思い付くんだから綾香なら想像で作れるよ。きっかけなんてハンカチ拾ってもらったとか、本屋で同じ本取ったとか単純なやつでも十分恋愛に発展するだろ」
綾香の我儘に振り回されたというのに大我は激励の言葉をくれる。じんわりと心が温かくなり、大我の知らなかった事実を知った喜びでついつい口を滑らせてしまう。
「他に…例えば幼馴染とか?」
「幼馴染…定番といえば定番だが…実際幼馴染って家族同然だろ?恋愛感情抱くものか?近過ぎてそういう対象にならなくないか」
素面の絢香なら脈なしと取れる大我の言葉に大きなショックを受けていただろう。しかし、幸か不幸か。綾香は完全に酔っていて気が大きくなり、おまけに無駄に前向きになっていた。アルコールの入った綾香は普段の引っ込み思案で、ウジウジ悩む綾香とは違った。今がチャンスとばかりに切り込んだ。
「そう?私は、幼馴染を恋愛対象として見るよ。というか…今も見てる」
「…ん?」
綾香の言葉を黙って聞いていた大我は、聞き流すことが出来ないと思ったのか怪訝な顔をしてこちらを凝視する。普段はあまり表情の変わらない端正な顔が見る見るうちに驚きに染まり、忙しなく目を瞬かせる。
「…綾香、違ったら悪いんだけど。もしかして俺告られてる?」
「そうだねー」
「何か軽いな。酔ってる?」
「酔ってない!」
酔っている人間は往々にして酔ってないと言い張るものだ。大我も酔っ払いの戯言だと真剣に受け取ってない雰囲気を感じ取った。
「いつから好きかって言われると、自覚したのか小学生の頃。それからずっと好きだよ。酔った勢いの冗談じゃないから」
無敵状態だった綾香に真っ直ぐ見つめられ、本気としか思えない告白をぶつけられた大我は切長の目を限界まで見開き呆然としていた。