私たちの関係は変わらないと思っていた。
翌日、早起きした綾香は念入りに準備をしていた。着ていく服はノースリーブの膝下ワンピースにカーディガンを羽織り、足下は履きなれた厚底サンダル。靴擦れ対策にトングソックスを履いていく。ワンピースが白だからカーディガンの色はイエローと少し派手だが夏らしくて良いだろう。大我と出かける時は基本Tシャツとスカート、あるいはジーパンといった服装ばかりだった。張り切っていると思われたくなかったからだ。しかし擬似とはいえデートをするのだからオシャレするべきだし、雰囲気を作るためにも必要だ。化粧も普段より念入りに。とはいえ、そもそもメイクに力を入れるタイプでもないので大して変わらなかった。
母は朝から浮き足立っている綾香が、今日何をするのは察しているようで朝ご飯を食べにリビングに降りた時「…あんまり羽目外して迷惑かけちゃダメよ」と声をかけられたし、父は苦虫を噛み潰したような顔をしていて何も言わなかった。綾香は居た堪れなくなり、さっさと食べ終わると部屋に戻った。自室の鏡の前で身支度の最終的チェックをしているとインターホンが鳴る音がして、心臓がドキッとする。慌てて鞄を持ち階段を駆け降りると母の話し声が聞こえる。
「大我くん綾香のことよろしくね」
「はい、遅くならない時間にちゃんと帰すようにします」
「そんなの、気にしなくて良いわよ。あの子も良い大人だし、大我くんが一緒なら心配いらないわ。何なら帰さなくても」
「おはよう大我くん待った!?」
母が余計なことを言い出したので大声で遮った。大我は母の言葉を気にしてないようで「いや、今来たとこ」と答える。紗和は母がまた何か言う前に彼の背中を押し、自宅を出た。
それから綾香と大我は駅までの道のりを歩く。大我は綾香の歩幅に合わせて車道側を歩いてくれる。これも普段からだ。
「映画の時間、10時からだっけ」
「うん」
「じゃあ余裕だな…でも良いのか俺が見たいやつで」
昨日予定を決める際、映画を見るのはどうかと綾香が提案し大我も賛成してくれたので、何を見るかを相談しあった。結果大我の気になっていたミステリー映画を見ることに決まったのだが、彼は綾香が自分に合わせたのではないか、と心配しているのだ。綾香は大我の懸念を振り払うために笑顔で言う。
「うん、あの映画私もちょっと気になってたから」
嘘ではない。綾香もミステリーは好きだしホラーも怖すぎなければいける口だ。他に気になっている映画はあったがゴリゴリの恋愛もので、大我と見る勇気はなかったのだ。
「そっか、なら良いけど…」
そう呟いた大我は何故か徐に右手を差し出して来る。綾香は彼の手を凝視すると、顔を上げて怪訝な眼差しを向けた。
「…どうしたの」
「どうしたって、手繋ごうかと思ったんだよ。如何にもぽいだろ…うわ何か恥ずかしくなってきた」
察しの悪い綾香に耳をほんのり赤くした大我は手を引っ込めようとした。綾香は慌ててその手を握って阻止する。
「ご、ごめん気づかなくて!うん、そうだね手繋ぐの恋人っぽい!」
「…そうだな」
わざとらしく声を上げて綾香は己の中に生まれた照れ臭さを誤魔化そうとする。綾香のより一回り大きい大我の手。ゴツゴツとしていている男の手だ。子供の頃は良く手を繋いでいたものだが、いつからか恥ずかしいからとしなくなってしまった。10何年振りだろうか。手を繋いでいるだけなのに心臓の音がうるさい。
(大我くんに聞こえませんように)
綾香は切に祈る。それから駅に着くまで2人の手が離れることはなかった。