私たちの関係は変わらないと思っていた。
約2時間の映画はあっという間だった。息も吐かせない展開で、ハラハラして思わず息を呑んだ。途中ショッキングな描写があり思わず顔を逸らしてしまったが、最後の最後まで誰が犯人か分からず犯人が明らかになった時は声を上げそうになった。映画が終わりシアターから出ると綾香は興奮気味に大我に語る。
「犯人全く分からなかった、分かった?」
「何となく、というか犯人何度か失言してたしな。犯人しか知り得ないことポロッと口にしてた」
「え、そうだっけ」
「そうだぞ、ほらあの…」
映画について熱く、時折意見をぶつけながら語る綾香と大我は映画館近くのカフェに入る。休日の昼時で混んでいたが、あまり待たずに席に案内された。店内には若い女性客が多く、大我が通ると殆どの客が彼に熱っぽい視線を向ける。そして必ずその隣に綾香に敵意の籠った視線が刺さるのだ。普段の互いの趣味に付き合っている時も彼は女性の熱視線を集めるし、綾香には嫉妬混じりの視線が向けられた。いや、嫉妬だけではない。彼女達の視線は「あんな地味な女、釣り合っていない」と綾香に雄弁に伝えてくる。そんなことは昔から分かり切っており、一々気にするようなメンタルならばいつまでも初恋を引きずっていない、と開き直っていた。
席に付いた綾香と大我はメニューを開き、2人とも本日のランチプレートを頼んだ。店員が注文を取りに来て、店の奥に引っ込む。水を一口飲んだ大我は「そういえば」と切り出す。
「お前途中目逸らしたよな、ほらバラバラ死体出たシーン。絶対見ないよなって横目で見たら案の定。本当スプラッタ昔から苦手だな」
笑いながら揶揄う大我に綾香はムッとして虚勢を張った。
「してないし、そもそも暗いんだから分からないでしょ」
「いやいや、何となく綾香がやりそうなこと分かるんだよ。絶対逸らしてた」
キッパリと言い切られると本当のことなので、否定しづらい。ぐぬぬ、と綾香は押し黙る。作り物を怖がるなんて子供みたいで情けない気持ちになる。
「…そういうの怖いって子供みたいだよね」
「そうか?苦手なものの二つや三つ誰にでもあるだろ。俺今でも犬苦手だし」
「あーそういえばそうだね。昔親戚の家に居た犬に飛びかかられたんだっけ」
「そうそう、飼い主は戯れあってるだけだって笑ってやがるんだ。本気で怖かったんだぞ」
当時のことを思い出したのか彼の眉間に皺が刻まれる。
「本当酷いね、怖いって言ってるのに助けてくれないなんて」
「だろ、当時はリードつけた犬とすれ違うだけでも怯えててさ、それを見た同級生に揶揄われたこともあった。でも綾香は俺のこと馬鹿にしなかったし、何ならさりげなく犬から庇ってくれたことあったよな」
「…そうだっけ」
言われればそんなこともあった気がするが、覚えていない。大我はそんな綾香を見つめながら柔らかく笑う。
「覚えてないよな、綾香にとっては些細なことだっただろうし。お前のことは妹みたいに思ってたけど、同時にヒーローみたいに思ってたわ。意識せず人に優しいところ、俺は好きだぞ」
今コップを持ってなくて良かったと心底ホッとする。絶対に動揺してテーブルに落とし、水浸しにしていただろう。また大我は何でもないことのように勘違いさせる言葉を口にする。いつものように勘違いするな、と己に言い聞かせる。だから綾香は無理矢理「幼馴染兼友人」に向ける笑みを貼り付けた。
「ありがどう、私も大我くんの我儘に付き合ってくれる心の広いところ、好きだよ」
同じような軽さで「好き」と返す。この好きには友人以上の意味も込められていたが悟られる訳にはいかない。必死になっていたせいか大我が一瞬不服そうに眉根を寄せたことに気づかなかった。