私たちの関係は変わらないと思っていた。
初デート(仮)以降、中々大我と休みが合わなかったが、その代わり仕事帰りに彼も食事に行くのが日課になっていた。まるで本当に付き合っているのかと錯覚するくらい、大我は綾香に時間を作ってくれいる。元々マメな人だったが擬似関係をスタートさせてからは、より頻繁にメッセージをくれるので毎日幸せな気持ちで過ごせている。大我の希望通り、休日のデート(仮)の際は彼が買ってくれたワンピースを含め、綾香の好み全開の服装で挑んでいる。いつもカジュアルな格好の綾香しか見てなかったからか、会うたびに大我は意外そうに上から下まで観察するので恥ずかしかった。「似合ってる」「可愛い」「やっぱ俺の選んだやつが一番似合うわ」とちゃんと感想を言ってくれるので、照れ臭くて居た堪れない。というか最後の言葉は「綾香のことは俺が一番理解している」という意味なのでは?と物凄く都合の良い解釈をしそうになった。
綾香は大我の自分への態度が変化していることに気づいている。今までは幼馴染に対する良い意味でも悪い意味でも雑な言動が多かったが、そういうのが一気に減り恭しく扱ってくれるようになった。これは脈ありでは?出会ってから十年以上、やっと大我が綾香のことを異性として見てくれているのでは、と自惚れ始めた。しかしヘタレな綾香は聞く勇気を持ち合わせていない。だからこの擬似的な関係から抜け出そうとせず、現状に甘んじていた。
そして本来の目的「プロットに活かす」は勿論忘れていない。大我との擬似体験を始めてからネタが次から次へと頭に浮かび、それを元に第一稿を書き上げた。上司に提出すると、反応はまあまあ良かった。もっとブラッシュアップすれば、より良いものになるとアドバイスを受けた。
「幼馴染への報われない恋心を捨てられないのが切ないわ…これ高城さんの実体験?」
「ノーコメントで」
「それほぼ答え言ってるわよー」
上司のツッコミを無視して綾香は席へと戻った。
(報われないかどうかはまだ分からないし…)
定時に会社を出た綾香はいつも通り「星の雫」へと向かう。上司にプロットの出来を褒められたことと大我にこれから会えることで綾香は上機嫌だ。平日は週に数回の頻度で会っているし、休みが合えば月に数回出かけている。もうこれは付き合っていると言っても過言ではない。しかし、やはり告白する勇気はない。振られたら立ち直れない、絶対に。かといって大我が付き合ってくれるから、といつまでも擬似的な関係を続けるわけにもいかない。いよいよ覚悟を決める時が近いのだろう。そんなことを考えながら歩いていると「星の雫」が見えて来た。
(…ん?あれ誰かいる)
綾香はドアの近くに2人の人影があることに気づく。雰囲気からして男女だ。もう少し近づいていると2人の顔が見えてきて、男の方の顔を確認した途端綾香の表情が強張る。大我だったからだ。彼と相対している女性は横顔しか見えないものの、とても美人でスタイルも良い。綺麗にカラーリングされた髪は緩く巻いており爪にはネイル。綾香とは全く違う人種だ。そして…女性が大我に抱き付いた。
(…え、誰あの人…もしかして)
大我の彼女だろうか。彼からそんな話は一切聞いてない。しかし、別に彼が綾香に説明する義理はないのだ。2人の関係はただの幼馴染、恋人の擬似体験を頼んでいるが恋人同士ではないので彼女が出来たとしても、責められる謂れはない。勝手に脈があると思い込んでいた自分がとても恥ずかしくなってきた。大我にはあの女性のような、美しく華やかな女性が相応しいのに。綾香は抱き合う2人を見ていられず、踵を返して走り出した。