私たちの関係は変わらないと思っていた。
「私見たから。星の雫の前で綺麗な人と抱き合ってたの!か、彼女が出来たなら言えば良いのに黙ってるとか酷くない?もう付き合えないって一言言ってくれれば…」
俯いた綾香の目頭が熱くなり、ポタポタと涙が膝に落ちる。その様子を見た大我が焦り出す。
「おい、泣くなよ…まさかあの場面見られてるとは…あのな。あの時の女、兄の元奥さん」
「…はい?」
綾香は泣いて目元が赤くなった顔を上げた。意味が分からない。大我の兄の元妻が何故その弟に抱きついていたのか。大我は深くため息を吐いた。
「…兄が2年前に結婚したのは知ってるよな」
「うん、相手が物凄いお嬢様だって」
「病院の地位を盤石にするために代議士の娘と結婚したんだ。バリバリの政略結婚。で、兄は結婚当初から元恋人と浮気してて、それがバレて泥沼離婚劇を繰り広げたのが半年前」
大我の兄はお嬢様育ちで気位の高い妻と上手く行かず、早々に外に癒しを求めたらしい。浮気が露見すると妻は勿論その父親である代議士も激怒。大我の両親は代議士の怒りを少しでも鎮めるために兄を離婚後病院から追い出した。その後父方の6つ上の従兄弟が次期院長に据えられ、罪滅ぼしと代議士との繋がりを保つ為彼に結婚を命じたらしい。大我はこの従兄弟とその親である叔母とは辛うじて交流があり、医者至上主義という偏った価値観に染まった成瀬家の中では数少ない、まともな人達だと言う。
「けど、従兄弟はとっくに結婚してて子供もいるんだよ。それで離婚しろって頭おかしいよな。結婚を強要するなら病院を辞めるって啖呵を切ったらしいぜ」
大我の両親は横暴な振る舞いのせいで一族内から反感を買っている。従兄弟に辞められると残るのは折り合いが良いとは言えない親族だけ。苦渋の決断として、代議士の娘と直系の男子を結婚させることで関係を維持しようとした。白羽の矢が立ったのが大我で兄の尻拭いを押し付けられたのだ。
「この前突然兄の元妻と結婚しろって父親から電話が来た。即断ったら『恥晒し』なんだから、せめて結婚して家族の役に立てって罵られた」
「…相変わらずだね」
大我の父親は彼が経済学部に進むと「もう息子ではない」と縁を切り、親戚の集まりは勿論兄の結婚式にも呼ばなかった。先に大我を切り捨てた癖に自分達の都合が悪くなったら「家族」を強要する身勝手さに、綾香は怒りに震える。
「何にも変わってない。子供を駒としか思ってねえんだよ。逆に親としての情を完全に捨てられたから良かったけどな」
大我は清々しい顔をしている。父親からの連絡を無視していたら、大我の写真を見て気に入ってしまった代議士の娘が店やマンションにまで押しかけるようになった。そしてあの日、運悪く抱きつかれたところを綾香に目撃されてしまったようだ。