私たちの関係は変わらないと思っていた。
綾香と大我は幼馴染ではあるが、小中高は別だ。綾香は地元の学校に通っていたが大我は高校までエスカレーター式の名門私立に通っていた。彼の実家、成瀬家は総合病院を経営している医者の家系で一族は医者を目指すのが当たり前、父親は院長で母親も優秀な医者だという。幼い頃の綾香は大我に無邪気にも懐いていた。彼の抱える事情を何も知らずに。
大我の家庭環境を知ったのは知り合ってから半年後。彼は頻繁に綾香の家か叔父である明の家で過ごしていた。大我は勉強が苦手な綾香のために勉強を教えてくれていて、教え方も上手く出来なかったところが出来れば褒めてくれる。教え方の上手い大我は絶対成績優秀だ、とある時興味本位でテストの答案を見せてと強請ったのだ。見せるほどのものじゃない、と大我は首を縦に振ってくれなかったが諦めたのか遂に見せてくれた。見せられた答案は全て85点以上で凄い!と綾香は興奮したのだが大我は暗い顔で一言。
「…このくらいじゃ駄目なんだよ」
その時の表情が気になって、大我が帰った後父に尋ねてみたのだ。父は躊躇っていたものの「他の誰かに言っちゃ駄目だぞ」と前置きした上で、大我について綾香が知らないことを教えてくれた。
大我の両親は完璧主義者で子供にもそれを強要する人達らしい。大我には4つ上の兄がいて、彼は名門校の特進コースに所属してトップクラスの成績を維持している。そんな兄と大我を彼の両親はことあるごとに比べ、何故兄のように出来ないのかと大我を叱責するのだという。テストも85点以上では駄目、普通コースなのだから100点を取って当たり前という考え方。普段は兄ばかりを構い大我のことは放置している。綾香は80点以上取ればとても褒められるので、大我の親の異常な厳しさに言葉を失った。そもそも彼の通う学校は入学試験も難しいと聞く。そんな学校のテストで85点以上を取れるのは、相当凄いことでは?と綾香は思ったが大我の両親はそれでは満足出来ないのだ。
自宅にいるとその優秀な兄が大我に絡み、度々馬鹿にしたり蔑む発言をするせいで気の休まる時がない。だから医学部に進まず勘当された叔父である明や、事情を知る高城家が頻繁に預かっているのだと。綾香は会ったことのない大我の兄のことがこの瞬間大嫌いになった。勉強は出来るのかもしれないが性格が悪すぎる、と怒りを覚える。綾香は大我が時折見せる暗い表情の意味が分かり、寧ろそんな冷たい家族のもとにいるくらいならうちにいれば良いと思うようになったのだ。大我はかつて一歩踏み出せなかった綾香に勇気をくれた。そんな大我に綾香が出来ることは少ないが、彼の「居場所」になることくらいは出来る、と。明確に彼への気持ちを自覚したのはこの時だ。