私たちの関係は変わらないと思っていた。
実は転職する際ほんの少し迷っていた大我の背中を押したのは綾香だ。綾香は長い付き合いだからこそ、「星の雫」を含めた店への並々ならぬ大我の想いを知っている。元々勤めていた会社の方が規模が大きく、将来のキャリアアップの選択肢が広がるといっても大我が求めるのはそこではなかった。かつて好きなものを好きと言えば良いと大我が寄り添ってくれたように、「大我くんが進みたい道を選ぶべき、私は応援する」と。当然無責任に発言した訳ではなく、大我は会社が変わったとしても邁進出来る能力があった。「やっぱり辞めなければ良かったのに、勿体無い」とがっかりされることもないだろう。
それに大我は将来に迷っている綾香に寄り添ってくれたことがある。就活の時期になり、サブカルチャーに関わる仕事がしたくてそういう会社などを受けまくったが倍率の高さから落ち続け、普通の職種にするべきか悩んでいた。
そんな綾香に大我はそちらの方面に進んだ同級生に連絡を取り、OB訪問の予定を取り付けてくれたのだ。履歴書の書き方や試験、面接の対策を教わり、OBは忙しいのに親身になって相談に乗ってくれた。OB、連絡を取ってくれた大我のためにも絶対内定を取ってやる、という気合で挑んだ結果現在の会社に内定が決まったのである。大我は自分のことのように喜んでくれた。
「お前が関わったゲーム配信されたら教えろ、プレイするから」と言われた時は少し反応に困り、曖昧に笑っておいた。内定の決まった会社は女性向けのゲームやシチュエーションボイス、電子書籍の企画、制作、運営を行う会社なのでライトオタクな大我には手放しで勧めづらい。それにゲームには少々過激な描写も多かった。しかし、楽しみにしている大我に教えないという選択を取ることは出来ず入社して初めて携わった「平凡女子が御曹司に見初められベタベタに甘やかされる」というストーリーのゲームを教えた。大我は数日でクリアしてしまい
「全体的に面白かったがヒロインが卑屈でちょっとイラッとしたわ。何でヒーローが女といるの見て問いたださないで、そのまま連絡断ち切るんだよ。訳分からん」
と忌憚なき意見まで頂いた。その指摘は正直綾香も思ったが「最近はこういう控えめなヒロインとすれ違いが流行りだ」と言い切られると意見することも出来なかった。しかし、感想フォームでも同様な意見が多かったことから、綾香が報告した貴重なユーザー本人の意見も含めて今後のストーリー制作に生かされることになった。
今でも大我は余裕があればゲームをプレイして感想を教えてくれる。綾香も店に常連として通う。それだけの関係。大我はローテンションに見えて活動的なので、綾香がニッチな作品のコラボカフェに行きたいと言えばグッズのために付き合ってくれる。本人は食事が出来れば良いというスタンスで、細身の割に大食漢なので全メニューを余裕で制覇出来る。綾香にとっては好きな人であると同時に頼もしい協力者。付き合ってもらってばかりなのは悪いので大我のカフェ巡りに綾香が付き合うこともある。
友人に言わせると「付き合ってるだろ」状態らしいが、全くそんな要素すらない。大我は綾香の事を気の置けない友人であり、幼馴染としか思っていない。そんなことは分かりきっているのである。告白する勇気なんてない、あるのならとっくにしている。ずるずると「幼馴染」という枠組みにしがみついて大我との関わりを保つのに必死だ。また大我に恋人が出来れば、この不毛な思いに区切りをつけられると思うが彼は社会人になってから恋人を作る気配すらない。当の本人は「彼女?面倒、綾香といる方が楽」とまた期待させる事を平然と口にする。そして諦めの悪い綾香は今日もせっせと彼の元に通うのだ。