恋愛はカットがかかったその後で
「あ、あのぉ…」
「……」
「湊さん、怒ってます…?」

 お腹に回されている手をつんつん触ると同時に、首筋に彼の髪が触れる。そのままぐりぐりと頭を擦りつけられる。猫のような仕草に身を固めていると、耳元で不満げな声が聞こえた。

「んだよ。人に期待させるようなことして、知らんふりか?」
「え、っと」
「ドラマ演じる度に、俺が毎回どんな気持ちになってるのか美穂は知らないんだろ」

 苦しそうな声は、今まで聞いたことのないものだった。思わずこちらの心まで締め付けてくれる。口調も素に近いものに戻ってきているのを感じるし、きっと本心の言葉なのだろうと気づく。

 っていうか、
 
「……湊、私のこと好きなの?」
「………わざわざ聞かれるんと恥ずかしいんだけど」

 振り向こうとするも、頭で顔をグイグイ押されて振り向けない。

「顔見たい」
「ふざけるなよ」
「減るものでもないし、いいじゃん」
「俺の精神がすり減るわ」

 しばらくそんな押し問答をしていたが、ふとその力が緩む。違和感を感じて振り向くと、何かをひらめいたらしい湊と目が合った。嫌な予感がする。

「あ、顔見たな」
「いや、不可抗力…」
「見たことには変わりないだろ」
「……性格があまりよろしくないよ…」
「昔から変わってないだろ。仕事の時は人当たり良くしているだけだ」
「私にも良くして」
「今はオフだ」
「仕事仲間でしょ」
「うるさい」

 あまりにも喋りすぎたせいか、苛立った湊は首筋に歯を立ててきた。軽く噛まれるが、未体験の感覚に固まるしかない。

 しばらく甘噛みされていたが、私が大人しくなったのを感じたらしく、ゆっくりと歯が離れていった。
 
「痕残ってない?」
「そんなに強く噛んでないから安心しろ。さすがに痕付けたらスキャンダルだろ」
「マスコミも最近諦めてるけどね」
「それに関しては一旦審議したいけどな」

 思わず噛まれたところを触るも、その手に柔らかい何かを押し付けられる。すぐにキスを落とされたのだと気づくも、何もできない。

「なあ、付き合わないか?」
「うっ、」
「俺は美穂のことが好き。美穂は?」
「好きだけど、さ!でもさ!!!」
「なんだよ。まだ何かあるか?」

 言いたいことは山ほどある。いつから、とか、本当に私でいいの、とか。

 でも、

 
「気持ちを自覚したらドラマなんてできるわけないじゃん!!!!」


 恋人役の多い私たち。今までは気持ちをあやふやにしていたから役に徹することができたが、気持ちを自覚して付き合ってしまったら、


「いいだろ。そこはちゃんと演じてくれよ、期待の女優さん」


 頭をポンポンと撫でられてしまえば、何も言えない。くしゃりと笑った湊に、顎を掬われる。
 
 ゆっくり重なった唇。触れるだけのそれに、どうしようもなく泣きたくなった。

「今回は、ちゃんとしてくれたね」
「俺たちの恋愛は、カットがかかった後からが本番だから」

 ドラマ外でのファーストキス。私たちの恋愛は、いつまでもノンフィクションだ。

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