紺碧のアステリズム
1 青い瞳の来訪者
「さーくら!」
「!」
視界に突然現れた手のひらに、私はびくっと身体を大きく跳ねさせた。
「もう…。 珠子ったら、驚かさないでください。」
「ちゃんと声をかけたわ。 でも全く気づかないんだもの。 仕方がないでしょ?」
ふふっといたずらっぽく笑う珠子にまたため息が出る。こうして彼女に驚かされるのは、もう何度目だろうか。
珠子は向かいに座り、手元を覗き込む。
「また読んでるのね。」
「えぇ。 学校でしか読めませんから。」
「異国の何がそんなにいいんだか…。」
理解できないと首を振りながらも、彼女は父や祖母のように本を取り上げたりすることは、これまで一度たりともなかった。ただ静かに見守ってくれる彼女は、私の数少ない友人の一人である。
「でもまあ、ほどほどにしなさいよ? 今日は柊太君と約束があるって言ってたでしょう?」
「そうでした… 遅れちゃう!」
悠長に読書などしている暇はなかった。彼から、奉公先に戻る前に会えないかと手紙をもらったことをすっかり忘れていたのだ。
「珠子も途中まで一緒に……」
「私はもう少し課題をしてから帰るわ。 柊太君によろしくね。」
「わかりました!」
私は鞄を持って教室を飛び出す。すれ違う先生方からはしたないと注意されない程度の速さで、けれど急いで。校門を出てからは、一気に待ち合わせ場所まで走った。
待ち合わせはいつもの場所。
誰にも気づかれないように、忍んで……
「柊太!」
誰も近づこうとはしない集落へと続く、あぜ道。今は誰も住んでいない家の横の、古びた馬小屋。
呼びかけにパッと顔を上げる、愛しい人。
「桜!」
駆け寄ると、ぎゅっと力強く抱きしめてくれる。
「待ってたよ。 会いたかった…!」
「遅くなってごめんなさい。 私も会いたかったです…!」
でもちょっと苦しいと言えば、慌てて離れる柊太。目が合い、ふっと同時に笑顔になる。
「これならいいかな?」
顔を赤らめながら、手を繋いできた可愛らしい人の手を握り返す。
「はい。」
「やった!」
子犬のように嬉しそうに笑う彼から目が離せない。久しぶりに会う彼は、また少し大人びたように見えたが、懐っこい笑顔は昔のままで、会えない間も変わらない気持ちを示してくれて、私は安心するのだった。
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