十六夜月のラブレター
「じゃあ、俺達の再会に乾杯」

再会……やっぱり入谷さんと私はどこかで会っているらしい。

奢ってもらっているからか、思い出せないのが申し訳なく思えてくる。

グラスに注がれた琥珀色のビールを一口飲むと、一日の仕事を終えて疲れた身体に染み渡った。

「どう? 俺のこと、思い出せた?」

私は居住まいを正すと入谷さんが答えを言ってくれるよう慎重に口を開いた。

「それがですね、私記憶力はいい方だと思うんですけど本当に思い出せなくて。でもそんなに思い出させたいということは、私が何か入谷さんに感謝とか恩返しをしなきゃいけないとかですよね?」

「そう来たか。まあそうだね、見返りは欲しいかな」

「それで考えたんですけど、私に入谷さんのことを教えてください! いろいろ質問してもいいですか?」

「いいよ。何でも聞いて」

「大阪本社に勤務してたのは、出身が大阪だからですか?」

「いや、中学3年生までは東京に住んでた」

「東京に!? じゃあ出会ったのは入谷さんが中学3年生で私が中学2年生より前ってこと?」

「そうなるね。親が別居することになって母親の実家がある大阪に引っ越したんだ」

「だから関西訛りじゃないんだ」

「一応話せるけどエセ関西人ぽくなっちゃうんだよね」

「大阪本社で営業成績2年連続トップの入谷さんでも、できないことがあるんですね」

「俺、そんな完璧人間じゃないよ」

なんだか少しだけ入谷さんに親近感が湧いてきたぞ。よし、この調子で答えまで辿り着け!

「もしかして苗字とかも変わってたりします?」

「ふふ。取調べみたいになってきたね。俺が容疑者で君が刑事みたいな」

「ごめんなさい。立ち入ったことまで聞いて」

「全然大丈夫。大阪に行って高校1年生の時に離婚が成立したんだ。その時に母親の旧姓の入谷に苗字も変わった」

「その前の苗字は!?」

「そこは自力で思い出してくれないと」

さすがエリート営業部員。簡単に口を滑らすようなことはしない。
< 11 / 47 >

この作品をシェア

pagetop