十六夜月のラブレター
「あっ、あの、これはその……」

何も弁解できません。仰る通りでございます。

「かわいそうに。誰かに騙されたの?」

「ええ、まあ。もう死ぬまで塩漬けするしかないと思ってます」

「あはは。君、深沢さんだよね?」

「はい」

「俺のこと、憶えてる?」

「えっ?」

突然聞かれて入谷さんの顔を見るとまっすぐに私を見つめていた。

こんな近くでこんなイケメンにこんな風に見つめられたら、誰だって照れてしまうくらいに。

「大阪本社から異動してきた入谷さんですよね? 今日の朝、営業二課で会いました」

「それもそうだけど、もっと前」

驚いて入谷さんの顔をもう一度見る。

切れ長だけど二重瞼の涼し気な瞳。

高くて形の良い鼻筋。

下唇より少し薄い上唇。

すべてが整っているイケメン。

でも、いろいろ思い巡らしても会った憶えがない。

入谷という名前にもピンとこないし。

「どこかでお会いしてましたっけ?」

「えー! 憶えてないの? 酷いなあ」

「すみません、ちょっと思い出せなくて」

「じゃあ、思い出すまで教えてあげない」

え? 何ですか? その無理ゲー。

「あの、本当にごめんなさい。失礼を承知でどこで会ったか教えてもらえませんか?」

「だーめ」

ええっと、何ですか? その悪かわいい笑顔。

「どこで会ったか気になる?」

今度は小悪魔のように顔を覗き込まれてなんだか逆らえない。

「はい! ヒントください」

「じゃあさ、ヒント欲しいなら今夜付き合って」

「え?」

「飲みにいこうよ」

さすがコミュ力おばけばかりが集まる営業部員の中でもエリート中のエリート。

人との壁が低い。

でも私の壁は刑務所並みに高くて頑丈だから、初対面の人と飲みに行くなんて無理。

どう返事をしようかと思いあぐねていると、入谷さんのスマホの通知音が鳴った。
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