十六夜月のラブレター
両親にも雪見にも誰にも心の内は言えなかった。

そして、逃げることを選択した。

中学3年生の時に書いた作文が全国読書感想文コンクールで大賞を受賞し、推薦入学させてくれる私立高校の寮に入ったのだ。

はじめての家族から離れての生活。

そこでは雪見と比べられなくなった。誰も雪見のことを知らないから。

そこから少しずつ自分を取り戻していった。

かと言って地味で陰キャな暗い性格は直らなかったから、それは元々の私自身だと受け入れた。

高校を卒業すると大学の近くでひとり暮らしをはじめ、社会人になった今も同じ場所に住んでいる。

家族とは普段から連絡も取らないし同じ東京都内なのにほとんど帰省もしない。

けれど、私にはそれが程よい距離感だ。

だから自分を見失っていた中学時代までの周囲の記憶は曖昧で、同じクラスや同学年の生徒のこともほとんど憶えていない。

況してや一学年上の入谷さんはまったく知らない人に等しい。

中学生以前なら顔も体格も変わっているだろう。

会社の屋上で私をまっすぐに見つめてきた入谷さんを思い出す。

今日見た顔ですらもう曖昧だ。

それなのに、入谷さんのことを思い出すと少しドキドキした。

きっと、男性にあんな近くで見つめられるのが初めてだったから。

それに、誰が見てもイケメンの入谷さんに見つめられてドキドキしない女子の方が少ないはず。

結局、入谷さんのことは思い出せないままだ。

けれど、投資の損益だけはなんとしても取り戻したい! ご褒美だけは欲しい!

勝負は明日の夜。

自分の記憶から思い出すのは不可能だと悟った私は、入谷さんとの会話から答えを引き出すと決意した。
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