十六夜月のラブレター

パンドラの箱

翌朝出社すると入谷さんはすでにキラキラ女子の皆さんに囲まれていた。

さすが陽キャの皆さん。きっと昨夜の飲み会ですぐに打ち解けたのだろう。

私がその輪の中に入るはずもなく挨拶するのも遠慮して自分のデスクに座ろうとした時だった。

「おはよう! 深沢さん!」

声がした方を振り向くと、まるでキラキラ星に囲まれた土星の環の中心にいるような入谷さんが私に大きく手を振っている。

「お、おはようございます」

小さな声で挨拶を返すと俯いたまま自分のデスクに着いた。

入谷さんを囲んでいるキラキラ星の皆さんの「なんであの子に?」という視線が怖かったから。

私のような地味で陰キャにですら挨拶してくれる入谷さんはいい人なんだろうけど、女子の世界ではそれは時に面倒なことを引き起こす。

ここでうまくやっていくには決して目立ってはいけない。小さな火種ですら起こしてはならない。

女子の世界に身を置いたこともなくいつも人の輪の中心にいる陽キャの入谷さんには、陰キャの処世術など思いも寄らないだろう。

キラキラ星の環を抜けて入谷さんが私に話しかけに来そうな気配を感じ、慌ててトイレへ逃げ込んだ。

スマホを取り出してメッセージを送る。

(あの、すみませんが業務以外で話しかけるのやめてもらっていいですか?)

すぐに入谷さんから返信がきた。

(なんで?)

(入谷さんは女子社員の皆さんに人気なので、私みたいなのと話してはダメなのです)

(何それ?)

(とにかくお願いですから、社内で二度と話しかけないでください!)

(わかった。でも今日の夜の飲みは絶対行くからね)

(はい。お店決めたら教えてください。現地集合します)

これでもうキラキラ女子の皆さんの前で話しかけられることはないと一安心して営業部に戻ると、私を見るや否や入谷さんは左目だけ閉じてウインクしてきた。

ああ、この無自覚イケメン、何もわかってない……。
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