夜探偵事務所と八尺様
【鎮女村・民宿旅館前】
夜と健太は
全ての調査を終え
テスラに乗り込んだ
エンジン音のない車が
静かに発進しようとした
その時だった
宿の老婆が
慌てた様子で
母屋から出てきて
車に駆け寄ってきた
夜が運転席のウィンドウを
すーっと下げる
夜:「女将さん、どうしたの?」
老婆:「あぁ、良かった…」
老婆:「言い忘れたことが、あってのう…」
老婆は
まるで何かを懺悔するかのように
おずおずと話し始めた
老婆:「八尺様…いや、あのおっ母さんが亡くなった後じゃ」
老婆:「子供を取り上げた、あの旦那の一家はな」
老婆:「村八分同然になって、この村から逃げるように出て行ったんじゃ」
健太は
身を乗り出して、その話に聞き入る
老婆:「ここから、西に少し行ったところに、新しい集落を作ってな」
老婆:「そこで、大きな洋館を建てて、暮らしとった」
老婆は、そこで一度言葉を切り
忌々しげに、地面に唾を吐いた
老婆:「……じゃがな。天罰じゃろうな」
老婆:「それから数年もしないうちに、一家は、謎の奇病で、一人、また一人と死んでいきよった」
老婆:「赤子も、大人も、関係なくな」
老婆:「とうとう、一家は、全員、根絶やしになったそうじゃ」
夜:「……なるほど」
夜:「鬼女の呪い、というわけね」
老婆:「その一家が住んどった洋館は、今も、あの集落の森の奥に、廃墟となって残っておる」
老婆:「誰も近づかん。気味の悪い場所じゃが……」
老婆:「あんたたちなら、何か分かるやもしれん」
老婆:「……良かったら、寄ってみてはどうじゃろうか」
夜は、老婆に深く頭を下げた
夜:「ありがとう、女将さん。貴重な情報だわ」
夜は仁に電話をかける
そして、今夜には九条家に戻ること
だが、その前にもう一つ
調査すべき場所が出来たことを
簡潔に伝えた
電話を切り
夜は、ハンドルの向きを変える
健太:「夜さん……?」
夜:「行くわよ、健太」
夜:「『鬼女』が住んでいた、呪われた洋館へ」
テスラは
京都へと続く道ではなく
さらに深い、西の山の闇へと
その静かな車体を
滑り込ませていった