夜探偵事務所と八尺様

【鎮女村・西の旧集落・洋館】
静寂が支配する廃洋館の一階
夜は
他の部屋とは明らかに異なる雰囲気を持つ一室に
足を踏み入れていた
かつて
この洋館の主
村人たちが「鬼女」と呼んだ女が
使っていたであろう部屋
広々とした空間には
豪華だったであろう家具が
埃を被り、朽ち果てた姿で残っている
壁紙は剥がれ落ち
シャンデリアは錆び付き
それでも
その痕跡からは
かつての華やかさが偲ばれた
夜は
ゆっくりと部屋の中を歩き回る
床に散らばる
古びた雑誌や
割れた香水瓶の破片
時の流れを感じさせる品々
ふと
窓際の古ぼけたドレッサーの上に
小さなアイボリー色の箱が
置かれているのを見つけた
手のひらに乗るほどの
小さな箱
丁寧に装飾が施されているが
所々、色が剥げ落ちている
夜は
その箱を手に取り
じっと見つめた
その表面をなぞるように
指先でそっと触れる
箱の中には
何が入っているのだろうか
鍵はかかっていないようだ
開けようとすれば
すぐに開けられるだろう
だが
夜は、その場で箱を開けることはしなかった
なぜか
今はまだ、その時ではないと感じた
箱を握りしめたまま
彼女はしばらく考え込んだ
そして
静かに、その小さな箱を
自分のコートのポケットに
そっと、しまい込んだ
【洋館・二階】
一方、二階を探索していた健太は
メイドの日記が落ちていた部屋で
床に落ちていた、もう一つの物体を拾い上げていた
それは
一枚の写真だった
色褪せ
端は擦り切れているが
そこに写る女性の笑顔は
まるで昨日のことのように
明るく、そして優しい
白いワンピースを着た
色白で、清楚な雰囲気の若い女性が
嬉しそうに
小さな赤ん坊を抱いている
女性の顔には
母親としての愛情が
溢れんばかりに満ちていた
健太は
その写真に見入った
この女性が
日記に書かれていた「シズコ様」
八尺様と呼ばれた、悲しい女の
かつての姿なのだろうか
写真の女性の笑顔は
今の彼女からは想像もできないほど
穏やかで、幸せそうだ
健太は
その写真を持って
一階へと降りた
リビングには
すでに夜の姿があった
健太:「夜さん」
夜は、窓の外の景色を
ぼんやりと眺めていたが
健太の声に気づき
振り返った
健太は
手に持った写真を
夜に差し出した
健太:「これ……メイドの日記があった部屋で」
健太:「この女性が、シズコさんだと……」
夜は
健太から写真を受け取り
そこに写る女性の笑顔を
静かに見つめた
その瞳の奥には
様々な感情が
渦巻いているようだった
悲しみ
同情
そして
ほんのわずかな
希望のような光
夜:「……そうね」
夜:「きっと、この人が……」
夜:「八尺様だった女の……」
夜:「かけがえのない時間の中にいた、彼女ね」
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