夜探偵事務所と八尺様
【京都・九条邸】
仁が懐から
何十枚もの御札と清めの塩を取り出す
彼の顔から
人の良い父親の表情が消え
千年続く陰陽師の血を引く者の
厳しい顔つきに変わっていた
仁:「夜、手伝え」
夜:「わかってる」
二人は家の四隅と全ての窓
そして玄関へと向かう
仁が御札を貼り付け
夜がその上に指で空中に紋様を描く
二人の指先から放たれる霊力が
家全体を清浄な気で満たしていく
仁:「……よし。これで家全体の結界は張れた」
仁:「普通の悪霊なら門をくぐる事すらできん」
仁:「だが相手は覚醒者かもしれん深淵の者じゃ」
仁:「この結界も長くは持たん」
二人は遥人君の部屋へ向かう
そこには
先ほどよりもさらに強力な二重三重の結界を張った
部屋の空気が張り詰め
神域にでも足を踏み入れたかのような
荘厳な気に満ちている
全ての儀式を終え
夜はリビングで待つ九条夫妻と遥人君に向き直った
夜:「今この家全体に結界を張ったわ」
夜:「特に遥人君の部屋は特別製よ」
夜:「八尺様がこの結界を物理的に破ることは不可能」
九条:「ほ、本当ですか!」
九条夫妻の顔に
わずかに希望の色が差す
だが夜は
その希望を打ち砕くかのように
冷たく続けた
夜:「でも、ヤツは必ず来る」
夜:「結界で中に入れないと分かれば」
夜:「今度は、あなたたちの精神を壊しに来る」
夜:「母親の声で」
夜:「父親の声で」
夜:「あるいは遥人君の悲鳴で」
夜:「ありとあらゆる幻聴と幻覚を使って」
夜:「あなたたちを内側から狂わせにくるわ」
夜:「だから、耐えてもらう」
夜:「最低でも、三日」
夜:「この家から一歩も出ず、何が起きても、何が聞こえても、耐え抜いて欲しい」
夜:「それが、息子さんを救うための、唯一の条件よ」
その言葉の重みに
九条夫妻はただ頷くことしかできなかった
夜探偵事務所の臨時オフィスが
九条家の客間の一つに設置された
健太はノートパソコンを開き
凄まじい速さでキーボードを叩き始める
健太:「八尺様伝説の原典……2ちゃんねるの過去ログをもう一度洗い直します!」
健太:「目撃談が出始めた時期と場所……何か関連性があるはずだ!」
夜は依頼人である九条に尋ねた
夜:「九条さん」
夜:「17年前に、あなたが八尺様に襲われた場所は」
夜:「正確には、どこ?」
九条:「……京都の北の山奥です」
九条:「今はもう誰も住んでいない、廃村のはずですが……」
夜:「……そこね」
夜は立ち上がった
彼女はまず父親である仁に向き直る
夜:「仁」
夜:「万が一のために、あなたにはここに残ってもらう」
夜:「この家族を、絶対に守って」
仁:「……おう。任せとけ」
そして
夜は健太を見る
夜:「健太、あんたは私と一緒に行くわよ」
夜:「呪いの根源を、叩き潰しに行く」
健太:「はい!」
二人は九条夫妻に
「絶対に家から出るな」ともう一度だけ釘を刺すと
夜のテスラに乗り込んだ
目指すは、地図からも消えかかっている
呪われた廃村
結界が張られた九条邸では
仁と家族の、長い、長い籠城戦が始まろうとしていた
そして夜と健太は
全ての元凶である
八尺様の故郷へと
乗り込んでいく