夜探偵事務所と八尺様
【鎮女村・民宿旅館 渓山荘】
食堂には
健太の、静かな嗚咽だけが響いていた
彼は、シズコという女性の
あまりに悲しい人生に
ただ、涙が止まらなかった
老婆:「……この子、大丈夫かいな?」
女将が、心配そうに健太を見る
夜:「ああ、大丈夫よ」
夜:「この子は、さっきまでの話の間」
夜:「シズコさんの霊圧で、のび太君みたいに伸びてたから」
夜:「今、まとめて感動してるだけ」
老婆:「はて、どういうことだい?」
夜は、それには答えず
テーブルの上に
あのアイボリー色の小箱を、そっと置いた
そして、その蓋を開ける
中には、マモル君のへその緒が
大切に、眠っていた
女将は、その箱を
震える手で、そっと受け取った
老婆:「……行ってみるかい?」
老婆:「シズコ伯母さんの、お墓に」
夜は、静かに頷いた
三人は
宿の裏手にある、小さな墓地を訪れた
シズコと、その両親が眠る、家族の墓だ
女将は、墓石の前にしゃがみ込むと
へその緒の入った小箱を、そっと置いた
そして、語りかける
老婆:「……伯母さん」
老婆:「良かったねぇ……本当に、良かった……」
その目から、涙が溢れていた
夜と健太も、その横で
静かに、手を合わせた
墓参りを終え
宿へと戻る、夕暮れの道
女将が、ぽつりと口を開いた
老婆:「あんたの言う通りじゃ」
老婆:「ワシは、シズコさんの妹の、子供だよ」
老婆:「シズコ伯母さんも、マモル君も、亡くなった後にワシは産まれたから」
老婆:「二人のことは、母親から聞いた話でしか、知らんのじゃけどな」
三人は、再び食堂の座卓に着いた
女将は、新しいお茶を淹れながら
最後の物語を、語り始めた
--- 女将の回想 ---
シズコ伯母さんは
黒木家と離婚した後
この旅館に、帰ってきたそうです
村八分にもされました
でも、村の皆が、伯母さんを嫌っていたわけじゃない
皆、分かっていたんです
伯母さんが、そんな淫らなことをするはずがないって
ただ、皆、黒木家が怖かった
話しているところを見られたら
自分たちにも、どんな火の粉が飛んでくるか分からない
だから、誰も、伯母さんと話すことさえ、できなかった
それでも、伯母さんは、毎日、毎日
黒木家の門の前に、通い続けたそうです
マモル君に、一目会わせて欲しいと
雨の日も、雪の日も
……そして、伯母さんが亡くなった後
村の人たちが、代わる代わる、この宿を訪れて
祖父母(シズコの両親)に、何度も、何度も、頭を下げていたと、母から聞きました
「助けてやれなくて、すまなかった」と
黒木家の一族が、謎の病で、次々と死んでいったのは、その後のことです
ワシが産まれたのは、その、さらに数年後のことじゃと
それからは
この村も、平穏な日々に、戻っていったんです
--- 現在 ---
老婆は、静かに話を終えた
夜と健太は、何も言えなかった
ただ、お茶をすするだけだった
70年にわたる、一つの家族の
悲しい、悲しい物語が
今、本当に、終わったのだ