メシマズな彼女はイケメンシェフに溺愛される
「あの!」
 呼びかけた彼に、うつむいたまま振り返る。
「感想、嬉しいです」
 まるで間に合わせだった。言いたいことがほかにあるのに言えなくて時間を稼ぐような。

「はい」
 陽音は短く答える。彼が動かないので、出て行きづらくなってしまう。
 そのまま数瞬が過ぎ、陽音が様子を窺うように足先を扉に向けたときだった。

「また食べに来てください」
 勇気を振り絞ったような声に、うっかり彼を見てしまった。気遣う色をひそめた瞳がまっすぐに自分を見ている。
「来週、俺の新メニューを初めて採用してもらえるんです。ぜひ食べて頂きたいんです」
 陽音はまたうつむいた。
 侮蔑を向け、勝手に賭けの対象にした。そんな自分が彼の記念すべき日に来ていいのだろうか。

「来週の、いつですか?」
「水曜日です。休業日ですけど、お披露目の特別営業で」
「来れたら来ます」
 彼の眉が悲し気に下がり、陽音の胸がつきんと痛んだ。だから、付け足すように彼に尋ねる。

「お店、何時までですか」
「あなたが来るまで待ちます」
 真摯な声に、戸惑いばかりが胸に浮かぶ。どうしてこんなに誘ってくれるだろう。
 軽く頭を下げ、今度こそお店を出た。
 夜の中に踏み出すと、温かさに慣れた体に冷たい空気が突き刺さるようだった。
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