メシマズな彼女はイケメンシェフに溺愛される
「あのとき、フラれたばっかりだったんです。料理がまずいって理由で」
「そんな理由で」

「だからこのお店を見て腹が立って。私はどれだけ頑張ってもまずいって言われるのにって。なにがおいしいのかもわからなくて、昔は料理が好きだったのに、もう二度と料理なんかしないって思うくらいには嫌になってました。だから賭けをしたんです。おいしかったら生きようって」
 おいしいのが勝ちなのか負けなのか、そんなことはわからなかった。

「そしたら、すごくおいしくて。ちゃんとおいしいってわかるのが嬉しくて」
 乃蒼は言葉を返せないようだった。陽音は続ける。
「生きろ、って言われた気がしました。もしかしたら亡くなった両親が巡り合わせてくれたのかも。私、あなたの料理に生きる気力をもらったんです」
 顔を上げると、なんとも言えない表情の乃蒼がそこにいた。

「ごめんなさい、迷惑ですよね、こんな話……」
「そんなことはありません。大事な場面であなたに食べて頂けたこと、命を救えたこと、一生の誇りです」
 真面目な顔で言われて、陽音の目尻が泣きそうに下がる。

「そんな顔をしないで」
 乃蒼は立ち上がり、彼女を抱きしめた。
「来てくれてありがとう。俺の料理を食べてくれてありがとう。巡り合わせてくれたあなたの両親に、心からお礼を言いたい」
「乃蒼さん……」
 顔を上げると、熱を帯びた瞳が自分を見下ろしていた。

 そのまま近付いて来て、陽音は目を閉じる。
 やわらかな熱が陽音の唇を割り、そっと舌を撫でる。デザートよりも甘くなめらかで、彼の料理のように丁寧なキス。
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