メシマズな彼女はイケメンシェフに溺愛される
「お客様、どうされましたか」
 肩を抱く温かな感触に、陽音ははっと顔を上げる。と、乃蒼がそこにいて、きつく淳太をにらんでいた。
「ここのシェフか? この女はクビにしろよ。メシマズで評判が悪くなるぞ」
 得意げに言う淳太に、乃蒼の目が吊り上がる。

「妻を悪く言わないでいただきたい」
「妻!? いいな、女は結婚に逃げられて!」
 じろじろと見られて身を固くすると、乃蒼の手に力が入った。
 視界の隅で絢子がむっと顔を歪めたのが見えた。落ち着いて、と修造が手を上下させている。

「彼女の料理はおいしいですよ」
「うまいわけねーよ。オムライスもこいつが作ったのか?」
 テーブル席からも厨房は見えるのだから、これは完全に因縁だ。
 乃蒼は陽音を隠すように一歩前に出る。

「こんな素敵な人を逃して残念でしたね。店の注文はシェフである俺が作ってます。区別がつかないならあなたの舌に問題があるのでは?」
「お前もメシマズなんだろ! だから気が合うんだ!」

「いい加減にしなさいよ!」
 ぶちぎれた声にそちらを見ると、般若のように怒った絢子が立っていた。

「全部残さず食べてソースだって名残惜しそうにスプーンですくってなめてたじゃない!」
「じろじろ見てんじゃねーよ!」

「食器がかちゃかちゃうるさかったのよ!」
「実際、ここの料理が合わないなんて舌がどうかしてるよなあ」
 ダメ押しのように修造が言い、劣勢を悟った淳太がぐっと押し黙る。

「どうかお引き取りを。お代はいりません。二度と来ないでください」
 毅然と宣言する乃蒼に、淳太はがたっと立ち上がった。
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