メシマズな彼女はイケメンシェフに溺愛される
「頼まれたって来ねーよ!」
 椅子を蹴飛ばし、どすどすと床を踏みつけて歩き去る。
 彼の背がドアの向こうに消えると、陽音の体からふっと力が抜け、乃蒼に支えられた。

「うわあ、ほんとに払わないんだ」
 絢子がどん引きしてつぶやく。

「あれが君の元カレだね?」
 乃蒼の言葉に頷くと、彼ははあっとため息をつく。
「あんなのが……本当に腹立たしい」
 声は暗く低く、憎悪がこもっていた。

「奥さん、大丈夫?」
 絢子の気遣う声に、陽音は慌てて彼女に頭を下げる。
「すみません、お見苦しいところを」
「大丈夫。私たちだけでよかったわ」
「あんな男、別れて正解だよ」
 ふたりの言葉に、申しわけなくなってくる。

「よろしければお詫びにケーキを」
 乃蒼がそう言うと、ふたりは顔を輝かせた。
「嬉しい!」
「得したなあ」
「陽音、コーヒーをお出しして」
 乃蒼の言葉に頷き、陽音はコーヒーメーカーに向かう。
 カップに黒い雫がたまっていくのを、陽音は苦々しい気持ちで見つめた。

 その夜、陽音は乃蒼に激しく抱かれた。
 なにかを上書きするような彼の愛に、陽音はただしがみついて声を上げるしかなかった。
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