メシマズな彼女はイケメンシェフに溺愛される
「いいなあ、幸せそうで。ごちそうさま」
 その背を陽音と同じく見送った絢子がつぶやく。
「だけど奥さんが一番幸せよねえ。だんながこんなに料理上手だなんて」
「男も料理できたほうがいいよな。俺、料理教室に通い始めたんだ。料理男子だぜ」
「男子って年齢じゃないよね」
 絢子はころころと笑う。

「シェフ、家だと奥さんが作るの?」
「料理が好きだし妻に食べてもらいたいので、俺ばっかですよ」

「理想の夫婦だわ」
「ありがとうございます」
 乃蒼が返す横で、陽音は曖昧に笑った。その裏には罪悪感がしがみついている。乃蒼は本心では料理をしてほしいと思っているのだろうか。
 疑問をぶつける勇気は、かけらも存在しなかった。



 日曜日。
 乃蒼は朝から学生時代の友達と出かけており、陽音はダイニングでノートパソコンを開き、事務作業をして過ごした。
 そこにはメインとは別に丸い照明があって月のようにやわらかな光を投げかけている。窓の近くには彼の趣味で置いたアレカヤシがあり、癒しの空間になっていた。

 お昼ごはんは彼が作っておいてくれたが、夜は外に食べに行くから、と作り置きを遠慮した。
 が、いざとなると億劫になった。ごはんのためだけに着替えてメイクして……なんて手間でしかない。コンビニすら面倒だ。

 久しぶりに作ろうかな。自分だけなら適当でいいんだし。
 冷蔵庫を覗くが、彼が買った食材を勝手に使うのは気が引けた。やっぱりやめようかと思ったが、卵にベーコン、とろけるチーズを見て懐かしくなる。
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