婚約破棄された上に魔力が強すぎるからと封印された令嬢は魔界の王とお茶を飲む
「さて。もはや長居は無用。我と共に、魔界へ参ろうぞ」
「はい!」

 うなずいてみせた途端、膝裏をさらわれて抱き上げられた。初めてされるお姫様だっこに驚き、慌てて魔王に抱きつく。また他の令嬢たちの甲高い悲鳴が広間に響き渡った。

 魔王は様々なハーブの混ざったような爽やかな香りがした。初めて嗅ぐその香りと美しい顔の近さに心臓が騒ぎ出す。
 ラティエシアが緊張感に固まっているうちに、魔王の背中に濃い紫色をした魔法の粒が収束していき――見事な翼が出現した。

 大きなそれを一度羽ばたかせれば、部屋の隅に立ち並ぶ人々の服が揺れる。
 同時に魔法の光の帯が床をなぞっていき、庭に面した窓が一斉に開いた。


 魔王はラティエシアを横抱きにしたまま王子に顔を振り向かせると、軽く頭を下げた。

「では、これにて失敬。不可侵条約を破った詫びは改めてさせてもらう」
「ま、待て! ……『ラティエシアを連れていかれてたまるか! 魔力を抜き切ってから側妃にして、言いなりにするつもりなのに……』、――はっ!?」

 ラティエシアはまたしても王子に魔法を掛けたのだった。

(私を封印したのは、そんな将来を思い描いていたからなのね)

 あまりに身勝手な発想に、気色悪さを覚えて頬が引きつりそうになる。王子はそれほどまでに『自分よりも魔力の強い婚約者』が許せなかったんだ――。
 王子があたふたと口を押さえる横で、モシェニネが拳を上下にぶんぶんと振って怒り出した。

「ディネアック様!? 『側妃なんかいらない、お前がいればそれでいい』って言ってたのもウソだったんですか!? もう、信じらんない!」
「いや、今のは! あいつが勝手に捏造した発言であって……!」

 ぎゃあぎゃあと言い争いをする声を聞きながら、ラティエシアは魔王の腕の中でそっと微笑んだ。



 旅立ちの空は、雲ひとつない快晴だった。
 風を切り、森を越え、いくつも山を越えていく。
 初めて見る高い所からの光景に夢中になっていると、眼下の景色はいつの間にか見慣れぬ植生に変わっていた。
 ラティエシアは、風をはらんだ髪を押さえながら魔王に振り向いた。

「ウィズヴァルド様。私はもう、魔力を抑えなくても誰にも嫌がられないのですね」
「ああ、そうだ。これからは我が城で、心のおもむくままにのびのびと過ごすがよい」
「はい!」

 本当に私、自由になれるんだ……! 感激に目の奥が熱くなる。
< 17 / 18 >

この作品をシェア

pagetop