ホームラン王子と過ぎ去った青春をもう一度
 ――彼は巷でホームラン王子と世間を騒がせた将来有望な新人営業マンであり、これから我が社の宣伝広告塔となる男性だ。
 いくら同級生であったとしても、親しき仲にも礼儀ありと言うだろう。
 トラブルになれば、どちらが責任をとって会社を辞める羽目になるかなど明白だった。

 ――我慢するのよ、真姫。
 ここで爆発したら、相手の思う壷。
 瞬間湯沸かし器と呼ばれる女からは、卒業してみせる……!

「熱は、ないみてぇだけど……」

 小出くんは様子のおかしい私の額に大きな掌をピトリと当て、不思議そうに首を傾げた。

 ――本当に、距離が近いな……。
 現役時代でも、女の子へこんなふうに言い寄っていたのなら、よくもまぁ週刊誌に報じられなかったものだ。

 私は先程まで感じていた苛立ちがモヤモヤとした思いに変化していくのに気づきながら、小出くんを冷たく突き放した。

「お心遣い、感謝いたします。ですが、今は仕事が溜まっているので小出くんと交流を深める時間がありません。業務に集中させてもらえませんか?」
「お、おう……」

 敬語を使った私の発言に、小出くんは驚きを隠せないのだろう。
 彼は少し寂しそうに眉を伏せたあと、ゆっくりと身体を離した。

 ――ああ、やっと騒がしいのがいなくなってくれた。

 私は寝起きの回らない頭をフル回転させると、引き続き山となって積み重なった仕事を片づけ始めた。

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