残業以上恋未満
「かなみ、気を付けてね」
「うい~、沙織もねえ~」
酔ったかなみをタクシーに突っ込んで、私は手を振る。
「坂本くん!ちゃんと沙織を送ってあげてよね!」
かなみは眠そうな目で坂本くんにキッと視線を向ける。
「はいはいわかってるって。根本も気を付けてな」
かなみを乗せたタクシーが行ってしまって、私と坂本くんはゆっくりと歩き出す。
「別に送ってもらわなくても大丈夫だよ。うち、すぐそこだし」
しかし坂本くんは首を横に振った。
「すぐそこなら余計送るよ。手間でもないし」
「そう」
「この時間も暑いなぁ……」
「だね」
八月に入ってから、日が落ちても蒸し暑い日が続いていた。湿気が身体にまとわりつくようにベタベタとしている。
「もうすぐお盆休みだな。それまで頑張りますかー」
「そっか、お盆休み……」
来週が終わったら、うちの会社はお盆休みに入る。
お盆休みは他の企業もお休みのところが多いから、大きな企画は動かない。
ってことは、自分のコンペに使う時間がたくさん取れるということだ。
私が考え込んでいると、坂本くんが呆れたように私を見た。
「おいおい、まさかお盆休み中も仕事しようとか考えてないよな?」
「え?当然そのつもりだけど?」
私の言葉に、坂本くんは目を丸くしていた。
「信じらんねぇ……マジで仕事馬鹿」
「おーい、丸聞こえだけど?」
そんな話をぽつぽつしながら私たちは歩いて、あっという間にうちのマンションに到着してしまった。
「送ってくれてありがとう」
「おう。……早河」
「ん?」
坂本くんは私に笑いかける。
「仕事、無理しすぎんなよ?根本もだけど、俺も早河がいないと寂しいからさ」
「寂しいって」
坂本くんの言葉に、私はふっと笑う。
「根本と二人の飲み、マジできついから。お前も一度体験した方がいい」
「なにそれ」
私たちは笑い合う。
「それじゃ」
「うん、それじゃ」
坂本くんは爽やかに手を振って駅の方へ戻って行った。
さすが営業部。こんなに蒸し暑いのに爽やかだ。
私はその背中を見送ってから、ふと夜空を見上げる。
日中もいい天気だったけれど、夜も快晴のようで星がきれいに見える。
「……高松部長はまだ仕事してるのかな……」
ふとそんなことを思った。
普段だったら私もまだ会社で仕事している時間で、きっと高松部長とまたお菓子の話なんかしている時間帯だ。
『残業もほどほどにしておけよ』
そう言った高松部長の顔を思い出す。
「人のこと言えないくせにね」
呟いて私はマンションの敷地に足を踏み入れた。