残業以上恋未満

「ただいまぁ~」
「お、おかえり……!」
「ん?どうかした?」

 私たちのいつもと違う空気に、かなみが訝しむように首を傾げる。

「あ、ううん!なんでも!」
「そう?」

 坂本くんがさらっと言った「好き」という言葉に、どんな意味があるのかわからないけれど、まぁ大方、フラれた同期を励まそうと言ってくれたのだと思う。
 それにしばらく恋愛はこりごり。きっと今の私じゃ、仕事第一で誰かを好きって気持ちすら湧いてこないと思うけど。
 恋バナから話題を逸らそうと、私は必死に脳内で話題を探す。

 そこでふと、高松部長の顔が浮かんだ。

「あ、そうだ、かなみ」
「んー?」

 大分目が据わってきたかなみに、私は尋ねる。

「経理部って、IT部と同じフロアだったよね?」
「え?IT部?あー、うん、そう」
「IT部の高松部長って知ってる?」

 知ってる?なんて聞き方をしたけれど、大抵の社員は知っているのかもしれない。私が他部署の方に詳しくないだけかも。
 かなみは社内の噂も詳しいし、大体の人間関係も把握しているものと思っていたんだけれど……。

「IT部の高松部長……?IT部、IT部……。IT部に高松さんなんていたかなぁ?」

 かなみはうーんと腕を組んで首を捻る。

「あれ、珍しい。かなみも知らないんだ?」

 私の言葉に、かなみは困ったように眉を下げた。

「ごめん、私あんまりIT部には詳しくなくて。IT部って時間が不規則な人もいるから、私も把握しきれてないのかも」
「そっか」

 確かにIT部は交替で夜勤があったりするもんね。

「で、その高松?部長がどうしたの?」
「あ、ううん。最近初めてご挨拶して、IT部だって言ってたから、かなみ知ってるかなーって。高松部長、なかなか端正な顔立ちだし、かなみならチェックしてそうだなって、思っただけ」

 私の言葉に、かなみは勢いよく食いつく。

「なんですと!?高松部長、イケメンなの!?」
「まぁ。かなみは好きそうかもね」
「へぇ!それはチェックしなくちゃ!」

 身長もあるし、目立つ感じの人だと思ったんだけどな。
 でもいつも会うときは私が夜遅くに残業しているときだから、やっぱり高松部長は夜勤が多い人なのかも。

「そんなことより、今度ここ行かね?期間限定でビアガーデンやってるんだって!」
「え?どれ?」

 私とかなみは坂本くんに差し出されたスマホ画面を覗き見る。


 そんなふうになんてことない話をしながら飲んで、私たちは三時間ほどで解散した。


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