残業以上恋未満

「早河」

 名前を呼ばれて、私はぱっとフロアの出入り口に目を向けた。
 そこに立っていたのは、同期の坂本くんだった。

「あ、坂本くん」
「よ!っていうかマジでこの時間まで残業してるのか」
「うん、そりゃあね」

 坂本くんがフロアを見回しながら私のデスクの方に歩いてくる。

「こんなだだっ広いフロアで一人とか、寂しくないの?」
「え?一人?一人じゃないよ、部長だって……」

 坂本くんの言葉に、私は隣を見る。

「あれ……?」

 つい先程までいたはずの高松部長の姿が、忽然と消えていた。
 私が首を捻ると、坂本くんも同じように首を捻った。

「部長がなんだって?」
「あ、今の今まで高松部長がいたの。IT部の」
「IT部の部長?早河は商品開発部だろ?どうしてIT部の部長が?」

 高松部長と残業時間にお喋りするのが当たり前になっていたことは伏せつつ、私は説明する。

「私が遅くまで残業してるの気に掛けてくれてるみたいで」
「ふーん?」

 坂本くんはなんだか納得しきっていないような表情を浮かべている。
 部長、なんで急にいなくなっちゃったんだよ、と内心唇を尖らせる。

「ほい、差し入れ」

 坂本くんは、缶コーヒーを私のデスクの上に置いた。

「お、ありがと!」
「早河の仕事の姿勢はすげー見習うけど、無理すんなよ」

 そう言った坂本くんは、ぽんぽんと私の頭を撫で、フロアを出て行く。

 ぽかんとしてしまった私は、しばらく呆然と入口を見つめていた。


「……ん?なんだ今のぽんぽんは……?」



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