残業以上恋未満
「え、でも確かにIT部の部長だって、高松さんは名乗っていましたけど……?」
本当は部長じゃなかった?でもそんな嘘、つく必要なんてないし……。
私はわけがわからず、首を捻る。
部長、というのも私の聞き間違いだったのかもしれない?
そんなふうに考える私を、堂島部長はひどく真剣に見つめてから話し出す。
「高松は、確かに部長だった」
「だった……?」
「IT部の高松は、三年前に亡くなっている」
「え……?」
堂島部長がなにを言っているのかわからず、私はただただぽかんと口を開ける。
「亡くなっている……?どういう意味ですか?」
「どういう意味もなにも、言葉そのままの意味だ」
堂島部長の言っている意味が、まったくわからない。何を言っているんだろう、この人は?
高松部長が亡くなっている?
そんなはずはない。
だって、私は昨日もここで、高松部長と話しをしているのだから。
定時をとうに過ぎ静かになっていくフロアで、堂島部長は近くの椅子を引いて、私の目の前に座った。
「早河。早河が会ったというIT部の部長は、高松と名乗っていたんだな?」
「はい。高松 奏一朗さんと仰ってました」
「……そうか」
堂島部長は少し落ち着きを取り戻したかのように、冷静に話し出す。
「何度かそんなような話は聞いたことがあったが、まさか本当だったとはな……」
「堂島部長?どういうことなんですか?」
私はいてもたってもいられず、口を挟む。
「ああ、悪い。順を追って話そう」
そうして堂島部長が語ったのは、三年前に亡くなったという、高松 奏一朗部長の話だった。
三年前、それは私が入社するちょっと前のこと。
IT部は今の名前と違って、ITソリューション事業部という名前だったらしい。
そこで部長を務めていたのが、高松 奏一朗さんだった。
高松部長は堂島部長と同期で、当時二十八歳と若くして部長に就任した。
しかし新設されたばかりのITソリューション事業部は思いのほか激務で、高松部長は毎日遅くまで残業していたらしい。
「高松は真面目で責任感が強かった。若くして新規事業部を任され、その重圧にも負けず毎日頑張っていた」
しかし、その業務は高松部長一人でまかなえるものではなかったという。
「俺は日に日に顔色が悪くなっていく高松を見ていた。何度も声を掛けた」
『少し無理しすぎなんじゃないか?お前、相当顔色悪いぞ。飯は食ってるのか?』
『堂島、大丈夫だよ。もう少しで体制も落ち着いてくる。それまでもうひと踏ん張りだ』
そう弱々しい笑顔で話した高松部長は、数日後、残業中に倒れ、過労で亡くなった。
それからITソリューション事業部はIT部と正式名称を変え、以降朝晩2シフト体制となり、残業には厳しくなったらしい。