残業以上恋未満
「そんな……」
私は堂島部長の話を、信じられずにいた。
なにかの冗談?ドッキリとか?でも私なんかにドッキリ仕掛けてなんの意味が?
信じられなかったし、きっと、信じたくもなかったのだと思う。
でも堂島部長がわざわざそんな嘘をつくとも思えなかった。
「早河の話は俄かには信じがたいが、実は去年も、似たような話を聞いたことがあったんだ」
「え?」
「遅くまで残業していた従業員が、知らない上司に、残業はほどほどにしとけと、注意されたと」
『残業もほどほどにしておけよ』
それはいつも高松部長が私に言う言葉と同じだった。
高松部長の顔が脳裏に浮かぶ。
優しく穏やかに微笑む顔や、私をからかうように言葉を紡ぐ姿。
照れたように気持ちを伝えてくれた高松部長の顔を、私ははっきりと思い出せた。
堂島部長は、呆れたようにため息をつく。
「高松が死んだのは、ちょうどこのお盆の時期だった。お盆休み中も出勤して、仕事していたんだ。出社している者もほとんどいなかったから、高松が倒れていることに誰も気が付かなかった。……高松のやつ、まだ成仏できてないんだな。まったく、死んでまで後輩の心配をするなんて、どこまでお人好しで真面目な奴なんだ」
いつも強面で厳格な堂島部長の表情が、初めて悲しそうに歪んだように見えた。
その表情を見て私は、ああ、この話は本当なんだ、ってすんなりと受け入れることができた。
だって堂島部長のその表情は、今は亡き同僚、高松部長への愛に溢れていたから。
堂島部長はゆっくりと立ち上がる。
「長々と話しすぎたな」
「あ、いえ……」
「早河も、今日は早く帰れ」
「はい……」
そう言って堂島部長は帰り支度をしてフロアを出て行った。
その日の作業は、まったく進まなかったのは言うまでもない。
やっぱりどうしても高松部長のことを考えてしまって、コンペの準備どころじゃなかった。
時が経つのが、あまりに長く感じた。
早く、早く高松部長に会いたい。
でも、会ってなんて言ったらいいの?
そもそも今日も会えるかどうかなんてわからない。
私が高松部長の正体を知ってしまったから、もう会いに来てくれない、なんてことはないよね?
私は不安を押し殺しながら、ただただいつも高松部長がやってくる時間を待った。