残業以上恋未満

「そんな……」

 私は堂島部長の話を、信じられずにいた。
 なにかの冗談?ドッキリとか?でも私なんかにドッキリ仕掛けてなんの意味が?

 信じられなかったし、きっと、信じたくもなかったのだと思う。
 でも堂島部長がわざわざそんな嘘をつくとも思えなかった。

「早河の話は俄かには信じがたいが、実は去年も、似たような話を聞いたことがあったんだ」
「え?」
「遅くまで残業していた従業員が、知らない上司に、残業はほどほどにしとけと、注意されたと」


『残業もほどほどにしておけよ』


 それはいつも高松部長が私に言う言葉と同じだった。

 高松部長の顔が脳裏に浮かぶ。
 優しく穏やかに微笑む顔や、私をからかうように言葉を紡ぐ姿。
 照れたように気持ちを伝えてくれた高松部長の顔を、私ははっきりと思い出せた。

 堂島部長は、呆れたようにため息をつく。

「高松が死んだのは、ちょうどこのお盆の時期だった。お盆休み中も出勤して、仕事していたんだ。出社している者もほとんどいなかったから、高松が倒れていることに誰も気が付かなかった。……高松のやつ、まだ成仏できてないんだな。まったく、死んでまで後輩の心配をするなんて、どこまでお人好しで真面目な奴なんだ」

 いつも強面で厳格な堂島部長の表情が、初めて悲しそうに歪んだように見えた。
 その表情を見て私は、ああ、この話は本当なんだ、ってすんなりと受け入れることができた。
 だって堂島部長のその表情は、今は亡き同僚、高松部長への愛に溢れていたから。

 堂島部長はゆっくりと立ち上がる。

「長々と話しすぎたな」
「あ、いえ……」
「早河も、今日は早く帰れ」
「はい……」

 そう言って堂島部長は帰り支度をしてフロアを出て行った。




 その日の作業は、まったく進まなかったのは言うまでもない。
 やっぱりどうしても高松部長のことを考えてしまって、コンペの準備どころじゃなかった。
 時が経つのが、あまりに長く感じた。

 早く、早く高松部長に会いたい。
 でも、会ってなんて言ったらいいの?

 そもそも今日も会えるかどうかなんてわからない。
 私が高松部長の正体を知ってしまったから、もう会いに来てくれない、なんてことはないよね?
 私は不安を押し殺しながら、ただただいつも高松部長がやってくる時間を待った。


< 17 / 22 >

この作品をシェア

pagetop