残業以上恋未満


 午後十時。

 私が高松部長を待っていると、部長が少し気まずそうにフロアに顔を出した。

「……早河、お疲れ」
「お疲れさまです、高松部長」
「今日もまだ残っていたのか……」

 少し困ったように眉を下げる部長の目の前に、私は資料を突き出した。

「部長、見てください!コンペの企画資料、できました!」

 ここ数週間、残業しながら、高松部長とお喋りしながら仕上げた資料。
 私のこの仕事への想いを目一杯に詰めた。
 高松部長はふっと表情を緩めると、穏やかに言う。

「そうか、よかった。これで早河も残業することはなくなるんだな」

 その表情はどこか寂しそうで、胸がぎゅっとなる。
 私だってこの高松部長との残業の時間が大好きだった。寂しいに決まってる。
 けれど。

「高松部長。私、部長のこと好きです」
「え……」
「すみません、こんなこと言われても困るのはわかっています。けれど、私もちゃんと伝えておきたかったんです。部長と過ごすこの残業の時間が大好きで、部長のおかげで、コンペも頑張ろうって、ここまで全力で準備できたと思います。本当にありがとうございました」

 私がばっと頭を下げると、部長は「ああ、いや、俺はなにもしていないよ」とまた眉を下げる。

「早河が頑張った成果だ。きっとコンペもうまくいく」
「はい!絶対に企画通して見せます!」
「ああ、頑張れ」
「はい!」
「それじゃあ……」

 高松部長が踵を返す。

 ああ、きっと今日で会えなくなる。

 何故かそんな確信があって、私はぐっと唇を噛みしめた。
 俯いてしまった私に、高松部長がまたくるりとこちらを向いて。

 私の頭を優しく撫でた。

 その大きな手はものすごく温かくて、その温もりが余計に寂しさを増幅させる。

「……残業もほどほどにしておけよ」

 高松部長のいつもの言葉が頭に降ってきて、慌てて顔を上げたときにはもう、その姿はなかった。

 私の頬を、一筋の涙が伝った。
 けれどそれを乱暴に拭って、私は立ち上がる。

「部長、私、絶対にこの企画を通して、商品にしてみせます。来年までに、絶対」

 来年また高松部長に会えるかなんてわからないけれど、私はそう決意する。
 来年もし会えたら、絶対にいい報告をするんだから。




 その日を境に、残業しても高松部長がやってくることはなかった。

 けれど私は、結果を出すため仕事に向き合い続けた。
 でももちろん、部長に言われたように、残業はほどほどに。


 そうして私の企画は見事通り、商品化へと動き始めたのであった。



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