残業以上恋未満
「はぁ……」
翌日、またも残業。終業から四時間経過。
私はまたひとりオフィスに残って個人の企画書を進めていた。
この時間になるとどうしてもなにかつまみたくなる。頭を使っているせいもあるのかもしれないけれど、とにかくなにか甘いものが食べたい!
私はいつものように机の引き出しの一番下に手を掛けようとして、はっとして動きを止めた。
「そうだ……、昨日見られたんだ……」
もちろん見られたからといって、特に怒られるようなことはない。けれど、羞恥心は消えない。
「あの人、どこの部署の人だろう?」
社内ではあまり見かけないような気がした。とは言っても他部署のことはそこまで知っているわけではないので、当然知らないひとはいっぱいいる。
IT部や経理部は階が違うから、そのあたりのひとなのかもしれない。
「まぁ!さすがに今日は会わないでしょ!」
他部署の人が今日もわざわざこの階に来るとは思えない。けれど、用心するにこしたことはない。
「小さいお菓子とかならいいかな?」
少しつまんでさっと食べ終われるくらいのなにかなら、誰かが来てもバレないかも。
引出しに入れてあるたくさんのお菓子の中から選んだのは、赤いパッケージの十二個入りのチョコレート。
「よし!これなら入口から見られても、資料の影に隠れて見えないはず!」
私はそれを開けて、ひとつ口に放り込む。
深夜にお菓子を食べているのを見られるのが恥ずかしいと思いつつも、その行為がやめられるわけではないのだ。
「ん!甘くて美味しい!やっぱりチョコレートはミルクに限る!」
糖分が脳にまわってきて、これでまた頑張れそう!
「よーし!企画進めるぞー!」
口の中で蕩ける甘みに感動していると。
「また残業か?」
あまりに近くから聞こえる声に驚いて、私は顔を上げた。
目の前には昨日声を掛けてきた男性が立っており、私は固まった。
「お、お疲れさまです……」
「お疲れ」
男性は私の顔を見、そして私の机の上にさっと視線を走らせた。
「今日はチョコレートか」
ぎくっと私の肩が跳ねる。
「昨日は抹茶のバームクーヘンだったな」
ぎくぎくっ……。しっかり見られてる……。
またお菓子を食べているところを見られてしまった……。
男性はくすっと笑ったかと思うと、急に私に顔を寄せてくる。そうして私の瞳をじっと見つめる。
え?え?なに?
あまりの近さに戸惑っていると、すっと男性が離れていく。
「ちゃんと寝ているのか?目の下が真っ黒だぞ」
「え?」
「昨日もこの時間まで残業していただろう?」
「あ、はい……」
男性の言葉は注意というよりかは、心配しているようなニュアンスに聞こえた。
「そんなに仕事が終わらないのか?それなら他の人に相談して、分担してもらって……」
「あ、いえ、そうではないんです」
私の言葉に、男性は不思議そうに首を傾げる。
「ほとんどの仕事は業務内に終わっているんですけど、自分の企画書の作成には手が回っていなくて、どうしても残ってしまうというか……」
「そうか、きみは商品開発部か」
「はい」
男性は少し困ったように眉を下げる。
「えっと、不躾ですみません。どこの部署の方でしたでしょうか?」
上司らしき男性にそんなことを訊くのは失礼だとわかってはいるけれど、どこの誰かもわからないまま話しているというのも、それはそれで失礼なような気がして思い切って訊いてみた。